第29話「コーヒー交易の可能性と異国の商人」
昼過ぎのKICHIJOJI COFFEE。
新作メニューの評判もあり、店内は賑わいを見せていた。タッチアンドゴーの持ち帰りカウンターにも客が並び、茜も忙しく立ち回る。
そんな中、一人の異国風の男が店の扉を押し開けた。
黒い外套をまとい、腰に細身の剣を下げた長身の男。
肌は陽翔たちより浅黒く、鋭い目つきは商人というより戦士のような雰囲気を醸し出している。
「……ここが、噂の店か」
男は店内を見渡し、カウンターへと歩を進めた。
「いらっしゃいませ」
陽翔が声をかけると、男は彼をじっと見つめ、口を開いた。
「私はバシル・マハディ。砂の国、アル・ハミードの商人だ」
「アル・ハミード?」
聞き慣れない地名に、陽翔が首を傾げると、カウンターの端で話を聞いていたエレインが口を挟んだ。
「西方の砂漠地帯にある商業国家だ。東西交易の要所であり、異国の品が多く集まる場所でもある」
「なるほど、遠方の商人がこの店に……」
陽翔は興味を持ちつつ、バシルを観察した。
「何をお求めですか?」
バシルはカウンターに肘をつき、低い声で言った。
「……私は、この『コーヒー』というものに興味がある」
***
バシルの言葉に陽翔が応じようとした瞬間、扉が再び開いた。
「店主、話がある」
現れたのは、陽翔とコーヒー生産計画を進めている商人、ルートヴィヒ・グリューンハイトだった。
「……ん? 」
バシルが鋭く目を向ける。
「ルートヴィヒ・グリューンハイト。王国内の交易を担う商人だ」
「ほう……」
バシルは改めてルートヴィヒを一瞥し、カウンターの椅子を引いた。
「どうやら、同じ話をしに来た者同士のようだな」
ルートヴィヒも座り、陽翔を挟む形で向かい合う。
「それで、バシル殿。あなたもコーヒーに興味があると?」
「そうだ。我が国アル・ハミードでは、香辛料や茶葉が盛んに取引されている。しかし、コーヒーという飲み物は未だ広まっていない」
「つまり、これを商機と見たわけか」
ルートヴィヒが頷く。
「だが、問題がある。この店のコーヒーは供給が限られている。どこかで仕入れているのか?」
「いや……」
陽翔は首を振り、ルートヴィヒが続けた。
「実は今、王国内でのコーヒー栽培計画を進めている」
バシルの目が鋭く光る。
「……ほう、王国でコーヒーを生産する?」
***
異世界でのコーヒー生産と交易の可能性
「そうだ」
ルートヴィヒは懐から一枚の地図を取り出し、カウンターの上に広げた。
「この国の南部には、火山灰土壌を持つ地域がある。
そこならば、コーヒーの栽培に適した環境を作れる可能性が高い」
「標高は?」
「およそ1,200メートルほど。適度な気温と湿度もある」
陽翔も加えた。
「コーヒーの栽培には標高と気候が重要です。酸味や風味を引き出すには、高地で育てる必要があります」
バシルは地図をじっと見つめ、静かに言った。
「……興味深い話だ」
「ですが、すぐに生産が軌道に乗るわけではありません」
ルートヴィヒが続ける。
「コーヒーの木が育つには時間がかかる。種から育てるなら数年、苗木を移植しても収穫までは2~3年は必要だ」
「その間の流通は?」
バシルが質問を重ねる。
「当面は、店主の持っている独自仕入れルートしかない。教えてはもらえないが…」
「……なるほど」
バシルは腕を組み、考え込んだ。
「もしコーヒー生産が軌道に乗れば、貴族や商人の間で需要が拡大するだろう」
「そこで、バシル殿の出番というわけか」
ルートヴィヒがバシルを見た。
「王国で生産したコーヒーを、アル・ハミードへ運ぶ交易ルートを開く――」
「そして、さらに遠方の国々へと広げることができる」
バシルがルートヴィヒの言葉を引き継ぐように言った。
***
3人の商談を横で聞いていたエレインと茜も、いつの間にか興味を引かれていた。
「……すごいな」
エレインがカウンターの端で腕を組みながら言う。
「コーヒーが王都に広まるだけじゃなく、さらに異国へと広がろうとしている」
「本当にすごいことだよね」
茜も目を輝かせる。
「最初はこの小さな店だけだったのに、今や世界に広がるかもしれないなんて……」
「……陽翔、お前、コーヒーで世界を変えるつもりか?」
エレインが冗談めかして言うと、陽翔は苦笑しながら首を振った。
「そんなつもりはないさ。ただ、美味しいコーヒーを淹れたいだけだよ」
「でも、それが世界を変えることになるかもしれない」
エレインは静かに微笑んだ。
***
コーヒー交易の幕開け
「陽翔、ルートヴィヒ、改めて話し合おう」
バシルはカップを置き、真剣な眼差しで2人を見た。
「コーヒー生産が軌道に乗れば、我が国の交易ネットワークを利用して、遠方の市場へと流通させられる」
「そのためには、まず王国内での栽培計画を確実に進める必要がある」
ルートヴィヒが応じる。
陽翔は静かに頷いた。
「分かりました。俺も、この店のコーヒーをただの嗜好品で終わらせたくない」
3人は固く握手を交わした。
KICHIJOJI COFFEEのコーヒーは、王都を超え、異世界の市場へと広がろうとしていた。




