第25話「戦場帰りの兵士とフレンチロースト」
王都ルーンハイトは、戦争の勝利に沸いていた。
広場では楽団が奏でる音楽、街を彩る旗、人々の歓声があふれ、まるで祭りのような賑わいだ。
だが、そんな祝いの空気の中、歩く兵士たちの表情は静かだった。
戦場から戻った彼らは、王都の喧騒とは対照的な空気を纏っていた。
「……戦争は終わったんだな」
「なのに、どうしてこんなに落ち着かないんだろうな」
鎧を外し、疲れた足取りで街を歩く兵士たち。
彼らがたどり着いたのは、一軒の小さなコーヒースタンドだった。
看板には、「KICHIJOJI COFFEE」の文字。
扉を押し開けると、ふわりと広がる焙煎された豆の香ばしい香りが迎えた。
***
深煎りの香りと温かさ
「いらっしゃいませ」
カウンターの奥で陽翔が迎える。
兵士たちは静かに席につき、店内を見渡した。
戦場の喧騒とは違う、穏やかな空気。
店の隅でカップを傾けるエレインが、彼らにちらりと視線を向ける。
「……お前の店のことは戦場で聞いていた」
傷のある兵士が、陽翔に声をかけた。
「騎士団の連中が『戦場の疲れを癒す飲み物がある』ってな」
陽翔はカウンターに手をつきながら、彼らを見た。
「戦いを終えた今、一番飲むべきコーヒーをお出ししましょう」
そう言うと、深煎りのフレンチローストの豆を取り出した。
「これは、フレンチロースト。コーヒーの中でも最も深く焙煎されたものの一つです」
陽翔は豆を挽きながら続けた。
「長く焙煎することで、酸味が消え、代わりにしっかりとした苦味とコクが生まれる。
この苦味には、心を落ち着かせる作用があるんですよ」
「苦いものが、落ち着く……?」
兵士たちは不思議そうな顔をしたが、陽翔は静かに笑った。
「そうです。深煎りのコーヒーには、ただの苦さじゃなくて奥深い甘みと香ばしさがあるんです」
彼はゆっくりと湯を注ぐ。
蒸らしの時間が過ぎると、豆の表面から小さな泡が膨らみ、
やがて煙のように漂う香りが店内を包んだ。
「……いい香りだな」
「戦場で嗅いだことのない匂いだ」
兵士たちは目を閉じ、香りを吸い込んだ。
陽翔はカップに注ぎ、彼らの前に置いた。
「どうぞ」
***
兵士たちはゆっくりとカップを持ち上げた。
「……いただく」
一口含むと、まず最初に感じたのは力強い苦味。
しかし、飲み込んだ後には、焙煎の甘みと心地よいコクが残った。
「……これは……」
兵士はもう一口、また一口と飲み進める。
「苦い……でも、嫌な苦さじゃない」
「むしろ……落ち着くな」
カップを置いた兵士の手が、わずかに震えていた。
「俺たちはずっと、剣を握っていた」
「敵を倒して、傷を負って、仲間を見送って……それが終わった今、何をすればいいのか分からなかった」
陽翔は彼らを見つめながら、静かに言った。
「戦争が終わっても、心が戦場に残ることはある」
「……」
「そんなときに、コーヒーの苦味が役に立つんです」
「苦味が……?」
「そうです」
陽翔はカウンターに肘をつきながら言った。
「深煎りのコーヒーは、ただ刺激的なだけじゃない。
苦味を感じながら、ゆっくり飲むことで、心を落ち着かせることができる」
兵士たちは黙っていたが、もう一度、カップを傾けた。
「……ふぅ」
傷の男は深く息を吐き、微かに笑った。
「そうだな……剣を握らない時間も、必要なのかもしれない」
***
街の外では、人々が戦争の勝利を祝っていた。
だが、KICHIJOJI COFFEEの中には、静かな時間が流れていた。
兵士たちはカウンター越しに陽翔を見つめ、小さく笑う。
「……ここは、戦場とは違う時間が流れているな」
「ここでは、戦いのことを考えなくて済む」
「もう少し、ここにいてもいいか?」
陽翔は微笑みながら、新しいコーヒーを淹れ始めた。
エレインはそんな彼らを見ながら、そっと呟いた。
「彼らも元の生活に戻れればいいのだが…」
陽翔は小さく頷き、カップにコーヒーを満たしていく。
彼のコーヒーは、戦う者たちの心を癒していた。
静かな夜、深煎りの香りが店に満ちていく。




