第23話「貴族の来訪と高級コーヒーの需要」
昼下がりのKICHIJOJI COFFEE。
陽翔がカウンターの奥でコーヒー豆を挽いていると、店の扉が静かに開いた。
「……おや、珍しい客だな」
エレインがカウンターで腕を組みながら、小さく呟く。
入ってきたのは、豪奢な衣装をまとった貴族の男女だった。
髪はきちんとセットされ、指には金細工の指輪が輝いている。
「いらっしゃいませ」
陽翔が静かに声をかけると、貴族の一人、壮年の男性がゆっくりと店内を見回した。
「ここが、例の“珍しい飲み物”を提供する店か……」
「お噂はかねがね。異国の飲み物を嗜めると聞いております」
隣にいた女性貴族が品よく微笑む。
どうやら、王都の貴族たちの間で、陽翔のコーヒーが噂になり始めたらしい。ただ、貴族本人が訪れることは珍しい。
「お伺いしましょうか?」
陽翔が尋ねると、男性貴族は少し考えた後、静かに答えた。
「……最高のものをいただこう」
***
「では、特別な一杯をお淹れします」
陽翔はそう言い、冷凍庫からパナマ・ゲイシャの豆を取り出した。
「この豆は、非常に貴重で独特の風味を持っています。フローラルな香りと柑橘系の爽やかな酸味が特徴ですね。手に入る時期も限定されているので、今回は冷凍していた豆を使います」
「冷凍魔法も使っているのか…」
貴族たちは興味深げに頷いた。
陽翔は丁寧に豆を挽き、ハンドドリップでゆっくりとコーヒーを淹れる。
お湯が粉に触れた瞬間、甘い花のような香りが店内にふわりと広がった。
「……これは」
貴族の女性が、わずかに目を見開く。
香りだけで、すでに彼らの興味を引くには十分だった。
陽翔はカップを二つに分け、貴族たちの前に置いた。
「どうぞ」
男性貴族がカップを持ち上げ、静かに口をつける。
その瞬間――彼の表情が変わった。
「……これは」
一口飲んだだけで、その風味の豊かさが口の中いっぱいに広がる。
まるでフルーツのような酸味と、心地よい甘みが舌に残る。
「これほどまでに……繊細な味わいの飲み物があるとは」
女性貴族もそっとカップを置き、満足そうに微笑んだ。
「確かに……ただの飲み物とは言い難いわね」
***
「店主、このコーヒー……我々の社交の場で振る舞うには、最適かもしれんな」
男性貴族がカップを置き、陽翔を見た。
「我々貴族の集まりでは、質の高い茶葉や酒を振る舞うのが礼儀だ。しかし、このコーヒーは……そのどれにも劣らぬ価値を持っている」
「そうね。香りと味わい、どれを取っても上質だわ」
女性貴族も頷きながら言う。
「店主、このコーヒーを我々の宴に取り入れることはできないか?」
つまり、貴族社会にコーヒーを正式に広めたいということか。
陽翔はしばらく考えた。
「確かに、コーヒーは貴族の方々にも楽しんでいただけるものです。ただ……大量に用意するとなると、豆の供給が問題になります」
「なるほど……確かに、それだけの品質を維持するには、安易に広めるわけにはいかんな」
貴族たちは思案するように頷いた。
「ならば、とりあえず個人の取引として……この店から一定量を買い取ることは可能か?」
陽翔は静かに考えた後、微笑んだ。
「可能です。ただし、量は限られます。または、他の豆とブレンドするのはいかがですか。」
「ブレンドとは…」
「他の豆であれば、ある程度の量が用意できるので、混ぜて使用することができます。ゲイシャの良さは残しながらも、より多く飲んでいただくことができますよ」
貴族たちは満足げに頷いた。
「よろしい、これから、そのブレンドを定期的に注文させてもらおう。使いのものをよこすから、詳細はその者と話すように」
「承知しました」
***
貴族たちが店を出た後、エレインがカウンター越しに陽翔を見た。
「……お前のコーヒー、とうとう貴族社会に認められたな」
「そうかもしれないな」
陽翔は、少し遠くを見つめながら答えた。
「嬉しいか?」
「うーん……複雑かな」
エレインは眉を上げた。
「どういう意味だ?」
「貴族が関わると、必ず『価値』が決められるからな。今までは、純粋にコーヒーを楽しむ客が多かったけど……これからは“高級品”として扱われるかもしれない」
「ふむ……まあ、それもあり得るか」
エレインは小さく息をついた。
「でも、どうするかはお前次第だろ?」
「まあな」
陽翔はカップを磨きながら、静かに微笑んだ。
「俺がやることは変わらないよ。ただ、美味しいコーヒーを淹れるだけだ」
***
数日後、貴族たちの宴の場でKICHIJOJI COFFEEのパナマ・ゲイシャブレンドが振る舞われた。
「これは……!」
「香りが素晴らしい……!」
貴族たちは驚きの声を上げ、コーヒーの新たな価値に気づき始める。
そして――
その噂は、王都中に瞬く間に広がっていった。




