第16話「騎士団長とリストレット」
王都ルーンハイトは、相変わらずの賑わいを見せていた。
市場では商人たちが声を張り上げ、通りを行き交う人々は笑顔を浮かべる。
だが、街の外の世界では戦争の影が静かに忍び寄っていた。
「最近、王都の外は少し騒がしくなってきたな」
エレインがぽつりと呟く。
「戦争の影響?」
陽翔が尋ねると、エレインは真剣な表情で頷いた。
「王国の北方で戦が本格化しているらしい。前線の街では、すでに避難する人も出ているとか」
「王都は平和だけど、国全体ではそうでもないってことか……」
陽翔はカウンターの上のカップを見つめながら、小さく息をついた。
そんなとき、店の扉が力強く開いた。
「ここが噂の異国の飲み物を出す店か?」
重厚な声とともに、騎士団の紋章を掲げた男が店内に入ってきた。
***
「……また厳ついのが来たな」
エレインがカウンター越しに男を見ながら、ぼそりと呟いた。
その男は、漆黒の鎧をまとい、短く刈られた髪と鋭い眼光を持つ、まさに戦士といった雰囲気の人物だった。
「騎士団長、ヴァルター・レオンハルトだ」
男はカウンターにどかりと腰を下ろし、陽翔を見上げる。
「噂は聞いている。どうやら、ここには強い飲み物があるらしいな」
「……強い、ですか?」
「そうだ。短時間で気合を入れ、頭を冴えさせる一杯が欲しい」
ヴァルターの鋭い視線に、陽翔は少し考えた後、頷いた。
「それなら、リストレットはいかがでしょう?」
***
「リストレット?」
ヴァルターが眉をひそめる。
「リストレットは、エスプレッソより短時間で抽出するコーヒーです。
通常のエスプレッソよりも濃厚で、苦味と甘みが強く、口当たりが力強いのが特徴です」
「つまり、短時間で最大限の効果を得られる飲み物というわけか」
ヴァルターは興味深げに腕を組んだ。
「それならば、ぜひ試させてもらおう」
陽翔は豆を丁寧に挽き、エスプレッソマシンにセットする。
通常のエスプレッソよりもさらに短い時間で抽出し、濃密な液体が小さなカップに注がれる。
「お待たせしました。リストレットです」
ヴァルターはカップを手に取り、一口飲む。
──瞬間的に広がる強烈な苦味と甘み。
余分な水分が少ないため、味が凝縮されている。
「……これは」
ヴァルターは目を見開いた。
「たしかに、戦場に立つ前に飲むには最適だ」
エレインが横から覗き込む。
「お前、本当に戦場で飲む気か?」
「考えてみろ。戦の前、兵士たちは疲労し、集中力が鈍ることがある。
そんなとき、この一杯があれば短時間で頭を冴えさせ、気を引き締めることができる」
ヴァルターはカップを置き、陽翔を見つめた。
「このリストレット……軍用に大量に仕入れることは可能か?」
「軍用……?」
陽翔は驚いたが、すぐに考え込んだ。
「……正直なところ、このコーヒーを大量に提供するのは難しいですね」
「そうか……だが、考えてみる価値はあるな」
ヴァルターは顎に手を当てながら頷いた。
「戦場の状況によっては、こういった飲み物が兵の士気を保つ要因になるかもしれん」
「戦場の話をしていると、落ち着かないな……」
エレインが小さく呟く。
ヴァルターは彼女を見て、ニヤリと笑った。
「貴様、もしや戦場帰りか?」
「……まあな」
エレインの表情が僅かに曇る。
「だが、私はここにいる。戦場に戻るつもりはない」
ヴァルターは少し考え込んだが、すぐに笑った。
「戦を離れた者には、離れた者の道がある。貴様がどこにいるべきかは、貴様が決めることだ」
エレインはヴァルターをじっと見つめ、静かに息をついた。
「……そうだな」
***
ヴァルターが去った後、店内には静けさが戻った。
エレインはコーヒーカップを見つめながら、小さく呟く。
「……戦のことを思い出すと、嫌な気分になる」
陽翔は彼女の横顔を見つめた。
「エレイン……」
「私はもう戦場には戻らない。……ここにいたい」
エレインはゆっくりと陽翔を見つめた。
「この店で、こうしてコーヒーを飲んでいるほうが、ずっといい」
陽翔は優しく微笑んだ。
「それなら、ずっとここにいればいいよ」
「……うん」
エレインはカップを持ち上げ、一口飲む。
──どこか、ほっとしたような表情を浮かべながら。




