第13話「旅の商人とコナコーヒー」
王都ルーンハイトの城下町は、今日も賑わっていた。
市場では商人たちが声を張り上げ、貴族たちは優雅に馬車を走らせる。
その中で、一人の男がKichijoji Coffeeの扉を叩いた。
「ごめんください。この店が評判の店だと聞いてきたのですがね」
扉の向こうから、低く落ち着いた声が響く。
「いらっしゃいませ」
陽翔が穏やかに迎えると、入ってきたのは年の頃40代ほどの男だった。
身なりは良く、毛皮の襟をつけたコートを羽織り、腰には革の小袋がぶら下がっている。
「私の名はライナー・ウェーバー。商人をしております。
最近、この店の珍しい飲み物が貴族たちの間で話題になっていると耳にしましてね」
「お噂を聞いていただけたとは光栄です」
陽翔が微笑むと、ライナーは店内を見回し、カウンター席に腰を下ろした。
「それで、本題ですが……」
ライナーはテーブルを指で軽く叩いた。
「貴族向けの高級品になりそうなコーヒーを探していましてね。
何か特別なものはありませんか?」
***
コナコーヒーとの出会い
陽翔はしばらく考え、ふと棚の奥に手を伸ばした。
「それなら……こちらはいかがでしょう?」
取り出したのは、小さな袋に入ったコーヒー豆。
ライナーが目を凝らすと、それは通常の豆よりも丸みを帯びた美しい形をしていた。
「これは……?」
「ハワイ産コナコーヒーです」
「ハワイ?」
ライナーが首をかしげると、カウンターの端にいたエレインも興味を示した。
「私も聞いたことないな。どこなんだ、それ?」
「ハワイというのは、海に囲まれた小さな島々で、火山が多い地域です。
その火山の土壌が、コナコーヒー独特の甘みと滑らかさを生み出します」
陽翔は豆を手に取り、ライナーに見せる。
「このコーヒーは、口当たりが非常に柔らかく、ほんのり甘みを感じるのが特徴です。
酸味も穏やかで、苦味も強くないため、多くの人に好まれます」
「なるほど……貴族たちは甘いものを好みますからな。これは相性が良さそうだ」
ライナーが興味深げに豆を見つめる。
「では、ぜひ試飲を」
陽翔は手際よく豆を挽き、お湯を注いでゆく。
店内に広がる甘く芳醇な香りに、ライナーは目を細めた。
「おお、これは上品な香りだ……」
カップが差し出され、ライナーは慎重に一口含んだ。
──柔らかな口当たりと、ほんのりとした甘み。
後味はすっきりとしており、余韻が心地よい。
「……これは素晴らしい」
ライナーが唸るように呟いた。
「たしかに、高級品として扱う価値がありますね」
***
「これを商品として仕入れたいのですが、どの程度の量をご用意いただけますか?」
ライナーが切り出すと、陽翔は少し考えた。
「申し訳ありませんが、コナコーヒーは非常に希少なため、大量にはお出しできません。日に10個までであれば用意できますよ」
「なるほど……では、貴族向けに少量ずつ販売する形にすれば、希少価値が保たれますね」
ライナーは顎に手を当てながら、納得したように頷いた。
「これを王族に献上できれば、さらに価値が上がるでしょうな」
エレインがカウンター越しに腕を組んで言った。
「……なんか、お前たちってコーヒーを使ってすごいことしようとしてるよな」
陽翔が苦笑すると、ライナーは楽しそうに笑った。
「ふむ、価値あるものは、それを知る者に渡るべきですからな」
「ま、難しいことはよくわからんが……陽翔のコーヒーが評価されるのは悪くないことだろ」
エレインはそう言いながら、カップを手に取った。
「それにしても、このコーヒー……本当に飲みやすいな」
「でしょう?」
陽翔が微笑むと、エレインは少し視線を逸らしながら小さく頷いた。
「……まあ、貴族向けじゃなくても、私はここで飲めるからいいけどな」
***
取引成立とエレインの気持ち
「では、さっそく取引を進めるとしましょう」
ライナーは満足げに頷き、陽翔と契約の詳細を詰めた。
「陽翔さん、また商売の幅が広がりましたね」
茜が嬉しそうに言うと、陽翔は微笑んだ。
「まあ、無理のない範囲でやっていくよ」
ライナーが店を後にした後、エレインはカップを見つめていた。
「……陽翔、お前って本当にすごいな」
「え?」
「だって、最初はただの小さな店だったのに、どんどん大きくなっていくじゃないか」
陽翔は少し驚いたが、優しく笑った。
「俺は変わってないよ。ただ、こうしてコーヒーを淹れてるだけ」
「……そっか」
エレインは何かを考えるようにカップを持ち上げ、静かに飲んだ。
(私は……何か変わっているのだろうか)
自分の気持ちが、以前とは違うことに、エレインは気づき始めていた。




