第12話「定休日と二人の時間」
王都ルーンハイトの朝。
いつもなら、店内にはコーヒーの香ばしい香りが漂い、開店準備に追われる時間だ。
しかし今日は違う。
「……定休日だな」
陽翔はエプロンをかける手を止め、店の外に目を向けた。
城下町の賑わいは相変わらずだが、KICHIJOJI COFFEE は今日は休み。水曜日はオープン時から定休日にしている。
カウンターでは、エレインが椅子に座り、ぼんやりと天井を見つめていた。定休日でもエレインは必ず来る。
「なんだか落ち着かないな」
「いつもここにいるもんな」
エレインはコーヒーを手に取ったが、すぐに置いた。
「なあ、店が休みの日って、普通どう過ごすんだ?」
陽翔が答える前に、奥から茜がひょこっと顔を出した。
「それなら、二人で街に出てみたらどうですか?」
「……え?」
エレインが怪訝そうに眉をひそめる。
「せっかくの休みなんだから、お店にこもってるのはもったいないですよ」
茜は軽くウィンクしながら言った。
「それに、陽翔さんもたまには城下町を見て回ったほうがいいと思います」
「まあ……確かに」
陽翔は苦笑した。
普段は店と市場を往復するだけで、城下町をじっくり歩くことは少ない。
「よし、決まりですね! じゃあ、私は片付けをしておくので、二人で行ってきてください!」
そう言って、茜は二人をぐいぐいと押し出した。
***
「……なんか、うまいことやられた気がするな」
エレインは腕を組みながら歩き出した。
「まあ、たまにはこういうのもいいんじゃない?」
陽翔は苦笑しながら、城下町を見渡した。
市場では活気ある声が飛び交い、露店にはさまざまな品が並ぶ。
焼き立てのパン、香辛料、果物、そして異国の布地……
「ほう、ここが市場か」
エレインは興味深げに露店を見て回る。
「普段は食材を買いにくるくらいだから、じっくり見るのは新鮮だな」
「へぇ、意外とこういうのに興味あるんだ」
「そりゃそうだろ。私だって、ただの戦闘バカじゃない」
エレインはそう言いながら、布地を手に取った。
「この色、綺麗だな」
「似合いそうじゃん」
「……そう?」
エレインは少し頬を染めた。
「お前、たまにはそういうこと言うんだな」
「え?」
「いや、なんでもない」
エレインは布をそっと戻し、歩き出した。
***
市場を抜けると、大きな噴水のある広場に出た。
「……ふぅ」
エレインはベンチに腰を下ろし、伸びをした。
「こうしてのんびりするのも悪くないな」
「そりゃそうだ。いつも気を張ってばっかりだろ?」
エレインは少し考え込み、ふっと笑った。
「……そうかもしれないな」
陽翔は隣に座り、しばらく噴水の音を聞いていた。
すると、突然エレインが口を開いた。
「なあ、陽翔」
「うん?」
「……お前、ここにずっといるつもりなのか?」
「またそれ?」
「……いや、前にも聞いたけどさ」
エレインは空を見上げた。
「私、お前のコーヒーが好きだ」
陽翔は少し驚いた。
「……ありがと」
「でも、それだけじゃなくて……」
エレインは少し言い淀む。
「なんていうか、お前がこの街にいるのが、当たり前みたいに思えてさ」
陽翔は彼女の横顔を見つめた。
「そっか」
「……お前、ちゃんと考えてるのか?」
「うん。俺はどんな場所でも、コーヒーを淹れてるのが楽しいよ」
エレインは少し沈黙し、そっと笑った。
「……そっか」
「なんだよ、ずっと一緒にいたいなら素直に言えばいいのに」
エレインは陽翔をじろりと睨んだ。
「……お前、本当に時々ムカつくな」
「はは、なんでさ」
「……もういい」
エレインは立ち上がると、広場の向こうへ歩き出した。
陽翔は苦笑しながら、その後を追った。
***
夕方、城下町の喧騒が少し落ち着いてきたころ。
二人は店へ戻る道を歩いていた。
「たまにはこういうのも悪くないな」
エレインがぽつりと言う。
「でしょ?」
「……まあ、たまにはな」
店の前まで戻ると、茜が迎えてくれた。
「おかえりなさい! どうでした?」
「……まあ、それなりに楽しかった」
エレインはそっけなく言ったが、陽翔は小さく笑った。
「来週、またどこか行こうか?」
エレインは一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐにそっぽを向いた。
「……考えとく」
その表情は、どこか嬉しそうにも見えた。




