第11話「鍛冶師とフレンチロースト」
王都ルーンハイトの一角に、巨大な鉄槌が振り下ろされる音が響く。
火花が飛び散り、灼熱の炉が闇を照らす。
「もっと力を込めろ! そんなんじゃ戦場で使い物にならねぇぞ!」
轟くような声を発したのは、鍛冶師の親方ゲルハルト・ブラウナー。
大柄な体躯と分厚い腕、煤けたエプロンをつけた彼は、この街で最も腕の立つ鍛冶師だった。
「チッ……今日は一段と気合が入るな」
火の熱気に晒されながら、ゲルハルトは額の汗を拭った。
徹夜作業の疲れも相まって、まぶたが重い。
(このままじゃ腕が鈍る……一発、気合を入れるもんが欲しいな)
そんなとき、ふと弟子の一人がぼそりと呟いた。
「親方、知ってます? 城下町に変わった店があるって話……なんでも、目が覚める飲み物を出すとか」
「ほう……」
ゲルハルトは口の端を歪めると、鍛冶場を後にした。
***
ガラガラッ──
店の扉が勢いよく開いた。
「おい! ここが妙な飲み物を出すって噂の店か?」
カウンターにいたエレインが、カップを持ったまま振り向く。
「……また荒っぽい客が来たな」
陽翔も視線を上げ、微笑んだ。
「いらっしゃいませ。お好みの飲み物をお出ししますよ」
「……ふん、静かな店だな」
ゲルハルトは店内をぐるりと見渡し、腰を下ろした。
「親方、何を飲みに来たんだ?」
エレインが面白そうに尋ねると、ゲルハルトは腕を組んだ。
「……仕事に戻る前に、目が覚めるような強い飲み物が欲しいんだ」
陽翔はしばし考え、頷いた。
「でしたら、フレンチローストはいかがでしょう」
***
フレンチローストの力強さ
「フレンチロースト?」
ゲルハルトが眉を上げる。
「これは、コーヒーの中でも特に深煎りされた豆を使う飲み方です」
陽翔は豆を取り出し、その色を見せた。
艶やかな黒褐色の豆は、まるで鍛冶場の炉で焼かれた鉄のようだった。
「この焙煎方法では、豆の油分が表面に浮き出て、スモーキーで力強い風味になります」
ゲルハルトはじっと豆を見つめた。
「ふん……まるで鋼の焼き入れみてぇだな」
陽翔は微笑みながら、豆を挽き、慎重にドリップを始めた。
蒸気が立ち、店内には焙煎の香ばしさが漂う。
「さて、出来上がりました。フレンチローストのコーヒーです」
ゲルハルトはカップを手に取り、一口飲む。
──濃厚でスモーキー、苦味の中にほんのりとした甘み。
まるで鍛冶場の熱さがそのまま飲み物になったかのようだった。
「……これは、強いな」
「気合、入りそうですか?」
陽翔が尋ねると、ゲルハルトはニヤリと笑った。
「この味なら、鍛冶場の連中も気に入るだろうよ」
***
エレインの心の変化
ゲルハルトがコーヒーを楽しんでいる間、エレインは静かに陽翔を見つめていた。
(こいつは、本当にいろんな人を惹きつけるな)
気づけば、陽翔の店には様々な客が訪れていた。
冒険者、貴族、商人、騎士、そして今度は鍛冶師……
「どうかした?」
陽翔が声をかけると、エレインは少しだけ視線をそらし、カップを傾けた。
「……いや、なんでもない」
けれど、その胸の内はどこか落ち着かなかった。
***
鍛冶場へ持ち帰る一杯
ゲルハルトはカップを空にすると、満足げに頷いた。
「いいもんを飲ませてもらったぜ。これ、鍛冶場に持って帰ることはできるのか?」
「ええ、豆の販売もしていますよ」
「よし、それなら一袋くれ」
陽翔がコーヒー豆を袋詰めすると、ゲルハルトは銀貨を置いた。
「また来るぜ。次は弟子連中を連れてくるかもな」
陽翔は微笑みながら頷いた。
「お待ちしています」
ゲルハルトが去った後、エレインはぼんやりとコーヒーカップを見つめた。
「なあ、陽翔」
「うん?」
「……この店がなくなったら、どうする?」
陽翔は少し驚いた。
「そんなこと考えたことないけど……どうしたの?」
エレインは目を伏せる。
「……いや、さっきの騎士みたいに、お前が王族に気に入られて、どこかに呼ばれたらどうするんだ?」
「そんなことないよ」
陽翔は柔らかく笑った。
「俺はここで、こうしてコーヒーを淹れるのが楽しいから」
エレインは彼の言葉を聞いて、少しだけ安心したように微笑んだ。
(……それなら、私はここにいてもいいんだろうか)
自分でもはっきりしない感情が、彼女の胸の奥に残った。
***
エレインとの距離
その夜、店を閉めた後。
エレインは店の外で、夜空を見上げていた。
陽翔が隣に立つと、彼女はぼそりと呟いた。
「……お前がどこにも行かないなら、私も、もう少しここにいようかな」
「そっか」
「……変なこと言ったな。忘れてくれ」
そう言いながら、エレインはそっぽを向いた。
陽翔は、そんな彼女をそっと見つめた。




