第10話「異国の騎士とブルーマウンテン」
王都ルーンハイトの門が開かれ、一人の騎士がゆっくりと馬を進めていた。
銀色に輝く鎧、肩まで流れるブロンドの髪。
その姿はまさに高貴な騎士そのものであり、街の人々は遠巻きに彼を眺めた。
彼の名はアレクシス・フォン・ヴァルトシュタイン。
王都から遠く離れた北方の大国からの使節である。
「……さて、しばらく王都に滞在することになったが、何か新しいものを探さねばな」
アレクシスは馬を下り、しばし城下町を歩く。
異国の文化を学ぶことは、外交の一環でもある。
そんな中、ふと漂ってきた香ばしい香りに足を止めた。
「……これは?」
振り向くと、一軒の店が目に入る。
木造の落ち着いた造りの建物。
扉の上には見慣れぬ文字で**「Kichijoji Coffee」**と書かれていた。
「……試してみるか」
騎士は扉を押し開けた。
***
「いらっしゃいませ」
カウンターの奥で、店主の藤倉 陽翔が微笑んだ。
アレクシスは店内をゆっくり見渡す。
木の温もりが感じられる内装、心地よい空気の流れ。
どこか、異国の雰囲気が漂っている。
そして、カウンターにはすでに常連のエレイン・シルヴェリスが座っていた。
「ほう、今日はまた珍しい客だな」
エレインが興味深そうにアレクシスを見つめる。
「ふむ……君は?」
「私はエレイン。ただの冒険者だ」
「冒険者か……なるほど、王都には多くの者が集うようだな」
アレクシスは席に座り、陽翔に視線を向けた。
「さて、私は貴族にふさわしい一杯を求めているのだが……この店に、そんな飲み物はあるか?」
陽翔は一瞬考え、頷いた。
「それなら、ブルーマウンテンはいかがでしょう」
***
「ブルーマウンテン?」
アレクシスが眉をひそめる。
「これは、ジャマイカという国で栽培される非常に希少なコーヒーです」
陽翔は棚から小さな袋を取り出した。
袋の中には、整った形の美しいコーヒー豆が詰まっている。
「このコーヒーは、ジャマイカのブルーマウンテン山脈で生産され、気候と土壌の影響で非常にバランスの取れた味わいになります」
「バランス……?」
「ええ。酸味、甘み、苦味、コク、どれもが突出せず、絶妙な調和を持っています。
だからこそ、多くの貴族や王族に愛されてきました」
アレクシスは腕を組んだ。
「ふむ……王族に愛されるコーヒーか。それは興味深いな」
「ただし、非常に希少なため、高価なコーヒーでもあります」
陽翔が付け加えると、アレクシスはくすりと笑った。
「なるほど、ますます気に入った。ぜひ味わってみたい」
***
陽翔は豆を丁寧に挽き、慎重にお湯を注ぐ。
カウンターに広がる、豊かで気品ある香り。
「……これは、ただの飲み物ではないな」
アレクシスはカップを持ち上げ、一口含む。
──驚くほど滑らかで、洗練された味わい。
酸味は柔らかく、ほのかな甘みが舌の上に残る。
苦味は強すぎず、後味はすっきりとしている。
「……これは、王族のための飲み物だな」
アレクシスは満足げに頷いた。
「実に品がある。まるで一流のワインのような繊細な味わいだ」
陽翔は微笑む。
「そう言っていただけて光栄です」
「……このコーヒー、献上品として扱えないだろうか?」
「献上品?」
アレクシスは真剣な表情で言った。
「この香りと味は、きっと王も気に入るだろう。外交の場で話題にするには最適だ」
エレインが驚いたように口を挟んだ。
「お前……コーヒーを外交の道具にするつもりか?」
「面白いだろう?」
アレクシスは微笑み、陽翔を見た。
「このコーヒーを、大国への橋渡しに使えるかもしれない」
陽翔は静かに頷いた。
「もしご希望なら、少量ですが販売も可能ですよ」
「それはありがたい。では、ぜひ譲ってくれ」
***
アレクシスが帰った後、エレインは静かにコーヒーを飲んでいた。
「……外交の道具にするか。そんな発想、なかったな」
「それだけ、コーヒーには価値があるってことだよ」
陽翔が言うと、エレインはしばらく考え込み、ぽつりと言った。
「なあ、陽翔」
「ん?」
「……お前は、ここに残るのか?」
陽翔は少し驚いた。
「どうしたんだ、急に?」
「……いや、ただの独り言だ」
エレインはそう言いながら、静かにカップを傾けた。
(私がここにいていい理由が、何かあるのだろうか……)
エレインは、いつもと変わらない店内の風景を眺めながら、静かに目を閉じた。




