練得魔法
セナは部屋に戻ると、静かに息を吐いた。
まだキティンは帰ってきていない。
窓の外を見れば、夜はすっかり更け、街の灯りがちらほらと瞬いている。
「……明日も朝早いんだったな」
ぼそっと呟きながら、剣を壁に立てかける。
ベッドに腰を下ろし、軽く伸びをすると、どっと疲れが押し寄せてきた。
その時——
ガチャ。
静かな部屋に、扉の音が響く。
「セナ、起きてる?」
扉の向こうから聞こえたのは、キティンの声だった。
「……起きてるけど?」
そう返すと、扉が静かに開き、キティンが顔をのぞかせる。
「ちょっと話、いい?」
セナは軽く眉を上げながら、「別にいいけど」と言い、キティンが部屋に入ってくるのを待った。
キティンはそわそわした様子で扉を閉めると、セナの前に座る。
「……今日は、お疲れさま」
「……なんだよ、それ」
セナは肩をすくめる。
キティンは少し言葉を探すように、小さく唇を噛んだ。
「今日は色々あったし、セナも疲れてるだろうなって」
「まあな」
セナは毛皮の端に座り、ぼんやりと天井を見上げる。
「でも、お前もだろ。無理すんなよ」
その言葉に、キティンは一瞬目を見開き、くすっと笑った。
「……セナって、意外と優しいのね」
「別に、普通だよ」
セナが少し顔を背けると、キティンは微笑みながら膝を抱えた。
「明日、カナトも朝の修行に来るんでしょ? どんな感じになるのかな」
「さあな。でも、腕ならしにはいい機会だろ」
「うん、そうね」
しばらく、二人は無言で夜の静けさに耳を傾ける。
窓の外では、風がゆっくりと街の灯を揺らしていた。
やがて、キティンがゆっくりと立ち上がる。
「じゃあ、そろそろ寝るわ。おやすみ、セナ」
「……ああ、おやすみ」
キティンがベッドに飛び乗り、布団にくるまる。
その姿をしばらく見つめ、セナはふっと息をついた。
(……なんか、いつもと違う感じだったな。可愛いというか……なんというか……)
そんなことをぼんやりと思いながら、セナは横になり、静かに目を閉じた。
⸻
翌朝。
「セナ! 早く起きなさい!」
何度呼ばれても、セナは微動だにしない。
とうとう業を煮やしたキティンは——
パンッ!
「いってぇぇ! 朝一番にビンタかよ……!」
バチンと頬を打たれ、セナは飛び起きた。
「早く着替えて外に出てきなさいよ! もうカナトが来てるんだから!」
そう言いながら、キティンは少し怒ったように部屋を出ていく。
セナは赤くなった頬を押さえながら、しぶしぶ体を起こした。
すぐに着替え、外へ向かうと、すでにカナトが待っていた。
「早いな」
「お前が遅いんだよ」
カナトは軽く笑いながら、木剣を手に取る。
「今日は、お前たち二人に、旅で必ず役立つ技を教える」
「技?」
セナが眉をひそめると、カナトは頷いた。
「練得魔法だ」
「……魔法?」
「魔法ってのは、普通は才能がいるだろ? でも、これは違う。努力次第で誰でも使える力だ」
「……それ、魔法なのか?」
「どっちかっていうと技術に近いな。体に魔力を纏わせたり、手に魔力を集めたりするんだ」
セナは腕を組み、考え込む。
「それで、俺に教えたいのは?」
「魔力を体内に巡らせ、自由に動けるようにする技術だ」
そう言いながら、カナトは実演してみせた。
深く息を吸い、目を閉じる。
次の瞬間——彼の体に魔力が巡ったのが、目に見えて分かった。
「こうやって、魔力を流せば、無駄な動きを省いて、速く、正確に動ける」
カナトは軽く踏み込み、素早く木剣を振る。
その動きは、ただの剣術とは違った。
流れるように、しなやかに、それでいて鋭い。
セナは目を細める。
「……確かに、無駄のない動きだな」
「だろ? これは才能じゃなくて、慣れで身につく。お前らもやってみろ」
セナとキティンは、目を閉じて魔力を巡らせようとする。
だが、セナはなかなか感覚を掴めない。
「……上手くいかねぇ」
「最初はそんなもんだ。力むなよ」
カナトがセナの背中に手を当てる。
「ゆっくりでいい。魔力を指先に流す感覚を掴め」
セナは深く息を吸い、再び集中する。
——スッ。
指先に、わずかだが暖かな感覚が走った。
「……!」
「それだ。その感覚を全身に広げていくんだ」
セナは慎重に魔力を巡らせようとするが、すぐに止まってしまう。
「ちょっとでも力むと止まるな……」
「そういう時は、呼吸を整えろ」
カナトは胸に手を当てながら言う。
「呼吸と魔力の流れを合わせる。そうすれば、自然と動けるようになる」
セナはもう一度試す。
深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
魔力を意識しながら、少しずつ全身に巡らせる。
——スッ。
今度は、体がわずかに軽くなった気がした。
「……できた?」
「まだまだだけど、感覚は掴めたんじゃないか?」
カナトは微笑む。
「これを繰り返せば、すぐに体が馴染んでくるはずだ」
セナは拳を握りしめた。
「……面白いな」
カナトはニッと笑う。
「だろ? これができると、戦い方がガラッと変わる」
セナは静かに頷いた。
「……もう少し試してみるか」
「おう、付き合うぞ」
その頃、キティンは既にしなやかに木剣を振っていた。
セナがまだ試行錯誤している中、彼女の動きにはほとんど無駄がなかった。




