31 俺がリノアと穴の中で、巨大なありたちと遭遇したんだが
一難去ってまた一難。
「兎に角隠れなきゃ。一先ず、あの岩の影まで走れ!」
大型の虫の魔物とはいえ、いくら何でも程度というものがあるだろうが!
何だよ、あの大きさは!
今は振り返ってよく確認している余裕なんてないけど、少し見た感じ、離れた場所から見たにしても、大体人間の子どもよりも大きいくらいには見えた。
黒い悪魔じゃなかったのは一安心だけど、だからと言って、アリなら安心なんてことはこれっぽっちもない!
前世の小学生の時、先生が授業で、重力は考えないとしてノミのジャンプ力を人間の大きさで例えるならとか、アリの物を引く力を人間大で例えるならとかいう話をしていたけど、軽く想像するだけでも怖って思うのに、現実に人間大のアリがこっちに向かってくるとなると単純に恐怖でしかない。
虫型のロボットとか、ゲームの自分のモンスターキャラクターとか見て「格好良い!」とか俺も思っていたけど、そんなんじゃない!
こんなの本気でスピードが出たら、絶対に逃げられないし、力だってかないっこないだろ!
ふと、なんかホラー映画の生きたままバリバリ食われるなんて恐怖シーンが頭を過る。
冗談じゃない!
食われてたまるか!
おれはリノアを先に行かせ、自分も後を走りながら地面に落ちている手ごろな小石を見つけると、そのまま走りながら拾い上げ振り向きざまにボムビックアントの一匹に向かって投げつけ、また走り出す。
前世の野球部で、散々練習して来た動きだ。
走りながら、
手ごろな大きさの石を拾い上げ、
振り向きざまに投げつけ、
動きを止めず走り出す。
俺はそれを何度か繰り返しながらリノアの後を追って岩陰に入り、そこでボムビックアントをこれ以上近付かせないように牽制するため、片っ端から小石を投げつける。
幸いと言って良いのかは疑問だけど、足元を含め周りには手ごろな石がゴロゴロ転がっている。
でも、これだっていつまでもつか。
それ以前に、こんなんじゃいつまでも牽制し続ける事なんて出来はしないだろうことは容易に想像がつく。
でも、やるしかない。
兎に角必死になって無我夢中、近付いてこようとするボムビックアントに手あたり次第、石を投げ続けた。
日頃の投球練習の賜物か、球速も重さも、それなりにあると思う。
そのおかげか、思ったよりもボムビックアントの動きは鈍いように見えた。
だけど、赤い目をギラギラさせている。
警戒して慎重になって俺たちの事を様子見しているのかもしれない。
兎に角俺は石を投げ続ける手を休めないでいた。
「ねえ、フォルトちゃん」
「リノア、危ないから顔を出すな!」
俺は傍で聞こえた声に振り向かずに投げながら応える。
「そうじゃないの。あれ見て。ボムビックアントの動きがおかしいよ」
「えっ?」
「なんだか、あそこからこっちにこようとはしないみたい」
リノアに言われて俺も石を投げる手を止めて、ボムビックアントを改めてよく見てみる。
前足はせわしなくシャカシャカと小刻みに動かしてはいるようだし、口は左右に開いたり閉じたりしているけど、確かに襲いかかってくる様子はない。
「えっ、あれっ!? ……本当だ。アイツら、いつでも襲いかかってこれるはずなのに、あの辺りから入ってこようとしないな」
どういうことだ!?
っていうか、マジマジと見ると、気持ち悪さと怖さとが同時に襲ってきて背中がゾワリとする。
リノアを心配して隣を見れば、思ったよりも冷静にボムビックアントを見つめている横顔が目に入った。
前にも感じた気がするけれど、意外に強いなリノア。
そう言えば、アシュランベアに追いかけられた時もそんなには怯えていなかったし、穴に落ちた時は流石に震えていたみたいだけど、すぐに立ち直ってたし。
振り返ってみれば、イノシシの時に動けなくなったくらいで、初めて大きな地震を経験した時も意外と落ち着いていたような気がする。
女の子って意外と度胸があるのかもしれない。
そう考えると、前世を思い出してみれば、肝試しとか、遊園地の絶叫マシーンとかそんな感じの場面が幾つか思い起こされ、男子よりも女子の方が強かったような記憶が浮かんで来る。
にしても。
自分が抑えていたわけじゃなかったのか。
必死になって石を投げていたのがちょっと恥ずかしいかも。
俺も冷静になろう。
ちょっと落ち着くために、自分の手で両頬を軽くパンパンと叩く。
よしっ!
ゴゴゴゴゴゴー!
「うわっ!」
「きゃっ!」
気合を入れなおした直後、突然地面が揺れた。
そして周りからパラパラと石や砂が崩れ、上からも落ちてくる。
ズゴンッ!
大きな音とともに落ちて来た俺たち子供ぐらいの大きな岩が、丁度真下にいた巨大アリの一匹を押し潰した。
うわあ、グロッ!
まともに見ちまった。
俺が顔を顰めていると、なんだか他のボムビックアントたちの様子が変なことに気付く。
疑問に思い、その疑問はすぐに解けた。
それはボムビックアントたちの目が赤く点滅し始めていたからだ
あれは一体?
「フォルトちゃん、隠れて!」
「えっ!?」
リノアの切羽詰まったような声に、俺も反射的にその指示に従ってリノアのいる岩陰に身を伏せた。
次の瞬間だった。
ボムッ!
岩陰の向こうから、何かが破裂するような音がした。
何が起きたんだ?
ボンッという音が聞こえたその直後。
さらに続けざまにボン、ボンと破裂するような音が連続して聞こえて来た。
そのあとから、なんだか酸味のある匂いが鼻を突いて来る。
しばらくしてからようやく音が止んだ。
「何だったんだ?」
俺が首を傾げる。
「ボムビックアントは命の危険が迫ると、仲間を守るために犠牲になって自分を破裂させて、その体液で敵を攻撃するって、授業で言ってたよ」
「そうだったっけ?」
「もう、やっぱりあの時聞いてなかったでしょ」
そんなやり取りをしていると、
どっどっどっどっどっどっど
また地震が起こった。
今度のはさっきより揺れが大きい。
二人して、身を縮めて硬くする。
地上とは違い、何処からか籠るような音の響きが周囲からして来るのがより恐怖感を呷る。
天井の土砂が崩れ落ちるザザーッという物凄い音や時折大きな石が崩れ落ちてきたのであろう衝撃音が所々で聞こえてくる。
「うわああっ!」
「きゃあああ!」
二人して声を上げるしかできなかった。
このまま生き埋めになる!
湧き上がって来る根源的な恐怖に全身から冷たい汗が噴き出しているのを感じる。
やがて、地震の振動も轟音も治まると、再び辺りに静寂が訪れた。
土埃の舞う中、口元を抑え、俺は恐る恐る岩陰から顔を出して辺りの様子を伺ってみる。
徐々に舞っていた砂煙が収まって来ると状況が浮かび上がってきた。
げっ!
俺の見た先にはボムビックアントの内蔵らしき物体がそこら中に散乱していて、地面や岩から、ボムビックアントの体液の酸の影響だろう白い煙がシューシューと上がっている光景だった。
微かに、酸味のある刺激臭もしてくる。
確か、蟻酸って言うんだっけ?
「リノアは見るな!」
流石に虫とはいえ、この臓物と肉片の飛び散る凄惨な光景を、まだ6才の女の子に見せる訳にはいかないと思うけど今の状況じゃ目を逸らすことも出来ない。
それでも咄嗟に声を上げてしまう。
仕方のないことじゃんか。
ボムビックアントの群れがいた辺りの一部が崩れ、それに押し潰されたのか、数匹が岩の下敷きになっているみたいだ。
一部、岩の下から潰されたからだと足が見えている。うぐっ、やっぱり気持ち悪い。
最近はオズベルト父さんから動物の解体の仕方も教わって多少は骨とか内臓とかにも成れてきたつもりだったけど、気持ち悪いもんは気持ち悪いに変わりがない。
少し胃の辺りがムカムカするのを我慢しつつ辺りを観察する。
取りあえず見回した限り、生きているボムビックアントはいないようだ。
全部爆発したか、それとも逃げたのかは分からないけど、助かったんだよな。
いきなり視界に入ってきて慌てたが、土砂に埋もれてか、思っていたほどには臓物も肉片も飛び散っていないようだった。
俺がホッと安堵の息を付いていると、リノアにクイクイと服の裾を引かれる。
俺がリノアの方を振り向くと、リノアはもう片方の手で何処かを指し示すような仕草をしていた。
「ねえねえ、あっちに、さっきの揺れで崩れたみたいな洞窟があるよ」




