32 おれが穴の奥に入ると、奇妙な所に出たんだが
俺がリノアの指差す方向を見てみると、リノアが行った通り、さっき見回った時はなかったはずの場所に、地震の揺れで崩れたのか、大きな穴が開いていた。
その穴は薄暗い中、少し離れた所から見ていても、大人が立ったままでも十分に入れるほど大きかった。
横幅も、3人くらいなら十分並んで通れるかもしれない。
「あっ、本当だ。さっきまであんなところに横穴なんてなかったのに!?」
この大洞窟内を歩き回ったから言えるけど、間違いなくさっきまであんな大きな横穴はなかった。
あったらあっちに逃げていた訳だし。
大体、いくら薄暗いとはいえ、あれだけ大きければ気が付かないはずがない。
ただ、何と無くその穴はこの空洞とは何処となく違うような雰囲気を醸し出している気がした。
薄暗い中、離れた所から見ているだけだし、今のところは何処がどうとは言えないけど、肌に伝わってくる空気が違う感じがする。
(これは……)
何かこの身体に纏わり付くような感覚、以前にも経験がある様な気がするんだけど。
う~ん?
思い出せないや。
気には掛かるけど、それよりだ。
もしかしたらもしかすると……。
「行ってみようか。外に続いている所があるかもしれないし」
危険かもしれないけれど、ここでこうしていてもしょうがないし、上に登れない以上、この横穴に賭けてみるしかなさそうだ。
「うん」
隣にいるリノアもコクリと頷いた。
俺たちは意を決して、身を隠していた岩陰から出て、さっきの地震で繋がったと思われる穴に向かって歩き始めた。
凸凹している地面を歩いている最中も、天上のあちらこちらからパラパラと砂が落ち、地面へと降り注いでいく。
その度に落ちた地面から砂埃が立ち上がり、空気が澱む。
濃い土の匂いが強く鼻の奥に届く。
咳き込みそうになるのを服の袖で口元を抑えて出来るだけ舞い上がる砂煙を吸わないようにする。
リノアにも同じようにするように言うと、言われた通りにリノアも片方の服の袖で口元を覆った。
心細いのだろうか? リノアはまた、俺の服の裾をもう片方の手でキュッと握ってくる。
確かに、いつ天上が崩れてくるかという思いわなくもないが、不思議と、どうしてか大丈夫と言う安心感も俺の心には湧いていた。
この感覚は一体なんだろうか?
天井の穴を見上げてみる。
外はまだ日が高いようで、あまりここまでは光が届いてはいないものの、十分明るく見えた。
それから横穴を見据え、二人で歩き始める。
「足元気を付けろよ」
「うん」
なるべく周りに飛び散っているボムビックアントの爆散した死骸を見ないようにしつつ、それでも周囲には警戒しながら慎重に横穴の方へと歩み寄っていった。
最近、オズベルト父さんに仕留めて来た動物の解体方法を教わってはいるものの、早々慣れるもんじゃない。
流石にこの光景はグロテスクだ。
リノアはこの状況、大丈夫だろうか?
チラリとリノアを見たところ、俺の服の裾は掴んでいる者の、どうやら、ボムビックアントの飛び散った死骸に怯えている様子ではないように見える。
目をギュッと瞑っているわけでも、視線を逸らしている訳でもない。
俺の服の裾を握った手も震えてはいなかった。
意外と普段通りに見える。
不思議には思うものの、少し安心した。
正直、ずっと泣きじゃくり続けるんじゃないかと思ったけど、少し心細そうな表情を見せたくらいであとは一応、いつものような反応が返ってきている。
ハチミツのおかげで気持ちが落ち着いたというのもあるかもしれないけれど、時折思う事だけど、リノアは見た目によらず結構、肝が座っているのかもしれない。
俺は視線を戻し、歩みを進める。
近付いて行くにつれ、この空洞とはどこか違うように感じていた違和感の正体が分かった気がした。
それは、ほんの少しだけど淡い光が横穴から漏れてきているらしく周りの土より横穴を浮き上がらせて見せていたからだった。
もしかして、外というか、地上にか、繋がっているのだろうか?
あと考えられることだと光苔が生えているとかかな?
期待はしたいところだけれど、もしかすると、さっきのボムビックアントのような地中の生き物の棲み処の可能性もある。
俺たちは恐る恐る横穴の中を覗いてみた。
慎重に顔を覗かせて、そこに見たものは。
「「えっ!?」」
中を覗いた瞬間、俺とリノアは同時に声を上げていた。
洞窟の空洞とは違う、そこに広がっていたのは淡く光を帯びた石壁で造られた通路。
天井は高く、長い廊下は一直線に奥へと続き、
両端には前世のギリシア風とかローマ風とかいった感じの柱が等間隔に伸びて天井を支えている。
その全体がほんの微かに発光しているようで、灯りを持っていないにも拘らず、日の光が届いていない割りに奥まで見通すことが出来た
明らかに人工の建築物。
しかも、想像するに恐らく全体はとんでもなく巨大だとおもう。
でも、何でこんな所に?
俺たちは横穴からその通路へと数歩入って中を見回してみる。
剥き出しの岩場から綺麗に敷き詰められた石畳の上へ。
石の床には不思議と、埃一つ落ちてないように、まるで掃除されたばかりみたいに見える。
壁には所々に細かい彫刻が施されていた。
「何ここ!? すご~い!」
「ああ」
それから少しの間、俺とリノアはその光景に二人してポカンと口を開けて見入っていた。
天井が高いせいで、見上げるだけで圧倒される。
「うわああ、こんな所、始めて見る」
「んっ?」
そうか、前世の記憶の有る俺と違って、パスレク村から出た事も無いリノアからすれば、こんな建造物は未知のモノだよな。
俺は何となく納得してしまった。
あれっ?
前世の記憶?
前世の記憶で言うと、これってゲームで言うところのダンジョン?
でも、だとすると、逆にモンスターが襲ってこないのはおかしい。
もしかして、ボムビックアントが俺たちに襲いかかってこようとせず、ある一定の場所から進んで来ようとしなかったのはむしろこの場所があったからかもしれない。
そうなると、その上の森に魔物が出なかった理由も合点がいく。
それにしても、何処か見覚えのあるような感じがするんだけど……う~ん。
あっ! そうか!
思い出した。
俺が転生する時、担当した薄紫色の髪のツインテール天使、確かパスティエルが神殿のセット? のある部屋に連れていく際、通った通路に何処と無く似ているんだ。
あの時の状況は今思い出しても、いろいろ台無しな光景だけど。
そう言えばあの時廊下を拭き掃除していたカニ、元気かな?
えっと、名前があったような?
ちょいちょい、夢に出てきているような気がするけど。
確か、名前はカルキノスとか言ったっけ?
俺の記憶が正しければ、ヘラクレスのヒュドラ退治の時、ヒュドラの助けに入って踏み潰されたのを神様が惜しんで蟹座になった蟹と同じ名前だったと思う。
まさか、本人じゃないよな。
潰された繋がりで思い出すのも、なんだかなと思うけど。
って、違う違う! 脱線した。
元に戻って。
って、ことはこれは神殿の通路?
(んっ? 神殿? ……もしかして)
「リ……さ~ん! ……トく~ん!」
俺が考え事をしながら通路を見渡していると、俺たちが通り抜けて来た横穴の向こうから微かに声が聞こえた気がした。
二人してハッとなってお互いに顔を見合わせる。
「今!?」
「声がしたよね?」
二人して耳を澄ます。
しばらくの沈黙の後。
「おーい! リノアさーん! フォルトくーん!」
聞き覚えのある声だ。
さらに少し経って、その声はよりはっきりしてきた。
「おーい! リノアさーん! フォルトくーん! 聞こえたら返事してくださーい!」
やっぱり、聞き覚えのある声。
「「この声、ヒューク司祭だよ!」」
同時に歓喜の声が重なった。
リノアと手を取り合って喜ぶ。
良かった!
ヒューク司祭、無事だった!




