↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白雪姫とヴァンパイア  作者: 澪川夜月
第一章 斯くて世界は廻り出す
15/21

優しい彼(2)

 そんな感じで残りの古典や総合理科の授業も終わって、今や教室内では月くんの話で持ちきりだ。


「ほんっと! すごかったよね、赤城くん!!」

「古文やったことない場所だったんでしょ? なのに確認問題即答とか!!」

「全問正解だしね! もうホント完璧って感じ!!」


 一緒にお弁当を食べる為に集まっていく女の子達が、嬉々とした様子で顔を見合わせては同意する。興奮しきったその声は普段のものより幾分大きいけど、それも当然の反応か、と思わせるだけの結果を月くんは叩き出していた。

 けれども、それが面白くないって人も中にはいるのが現実で。


「たまたま知ってただけだっつってたろ」

「今昔物語なんて有名だしなー」


 冷めた物言いで後ろの方から声を上げている男の子達は、決して女の子達へと視線を向けているわけではないけれど、彼女達へと反論しているのは明らかだ。それを彼女達も理解したんだろう、むっとした顔を彼らに向ける。


「そういうアンタらはどうなのよ?」

「読んだことある文章なら助動詞の接続とか意味とか全部即答できんの?」


 険のある、それでいて内容的にも鋭い指摘に、明らかに彼らはぐっと言葉を詰まらせた。


「……オレは理系なんだよ」


 ぽつりと返ってきた答えに勢いはない。苦しい言い訳に彼女達も勝敗を確信したんだろう、鼻で笑いながら彼らに向けて身を乗り出した。その顔に浮かんでいるのは、自信に満ちている表情で。


「じゃあモル濃度くらい即答よね? 赤城くんみたいに!」

「間髪入れずに暗算で正解してたけど、アンタもアレできるのね? すっごーい尊敬ー」

「……あーハイハイできねーよ! どーせオレには無理だよ!!」


 最終的には逆ギレと言えなくもない形で終わらせて、不満だらけの表情で彼らは彼らで集まって顔を突き合わせる。


「ったく、アイツどんな頭してんだよ……」

「フランスの授業が進んでたんじゃねーの?」

「やー、でもモル濃度即答はアイツの才能じゃね? ノートに書いてる暇なかったろ、アレ」

「間髪入れずに答えたよな……しかも正解っつー」

「あそこまでいくとスゲーとしか言いようがねーよ……」

「オレらには別次元だよな……」


 最初こそ批判的だった彼らも、次第にそれは諦めにも似た受け入れの方向へと姿勢が変化していった。まあ、それもそうだろう。それだけの実力を月くんは披露したんだから。はあ。ほぼ同時に深々と嘆息した彼らの気持ちも理解できる。嫉妬の対象にすら成り得ない、完璧な差がある気がしてくる程だったから。

 そんな中、不意に思い付いたかのように顔を上げた男子が、ある一人へと視線を向けた。


「……となるとやっぱ、対向できるのは梓くらいなんじゃね?」


 月くんが教室へと入ってくる前、交わされていた会話が蘇る。確かに彼らは倉前くんの実力を知っているし、信頼もしてる。そしてそれは、今この瞬間も変化してはいないんだろう。


「梓は全部解けてたんだろ?」

「……ま、一応な……」


 期待の籠った眼差しに頷く倉前くんの表情は、気まずそうでこそないけれども、やっぱり普段のような余裕はない。月くんが想像していた以上の人だったから、っていうのが、多分理由としては大きいんだろう。

 そこまでクラスの様子を眺めていた私は、視線を外して出しっ放しだったノートを整理していく。特に意識することはないけれども、その間にも会話は止めどなく耳へと飛び込んできて。


「でも大丈夫かよ、梓ー」

「何がだよ?」

「林さんだよ、林さん!」


 聞こえてきた会話に、何となく私は女の子達の中心にいるマッチへ視線を向けた。丁度話をしていた男子達も目を向けたところだったのかその顔が見えたけれど、そのマッチはといえばそれを自覚している様子も丸でなく。


「カッコ良かったねー、赤城くん!」

「万智もそう思ったでしょ?」

「うんっ!」


 大きく首肯するマッチの顔は可愛らしい笑顔一色。いつも明るいマッチだけど、今は一際それが顕著で。



「ホント、凄かったよね! 赤城くんっ!」



 教室中の人達が耳にしただろう、月くんを無邪気に褒め称えるそのセリフに、周囲を固める女の子達が思い至ったように意味ありげな笑みを浮かべた。


「あれあれー?」

「ってことはもしや……?」


 それが何を意味するのか、遠くから眺めている私にはすぐにぴんときたけれど、残念ながら当の本人であるマッチはそうはいかなかったみたいだ。きょろきょろと不思議そうに皆の顔を見回してる。


「え? 何何? どうかしたの?」

「いやー……ねえ?」

「これは難関かなー……ってね」

「むしろ三角関係とか!」

「有り得るかもねー……」


 想像を膨らませていく彼女達はきっと楽しんでいるんだろうけれど、当事者であるマッチには分からない分余計に気になるんだろう。次第に焦りすら加わった様子で、ちょっとだけ前方へと身を乗り出した。


「ど、どうしたの? 何が三角関係なのっ?」

「いーのいーの!」

「万智は気にしない気にしない!」


 そんな会話が繰り広げられているかと思えば、傍らではそれを聴いていた男子達が再び倉前くんへと視線を戻す。


「……だってよ」

「どうすんだよ梓」

「ンなモン、全力で阻止するしかねーだろ」


 断言する倉前くんは、そこだけは譲る気がないみたいだった。その点に関しては別に月くんも今のところ態度が明確じゃない分、まだまだ余裕もあるらしい。浮かんでいる笑顔が比較的自信に満ちていながらも深刻そうでないことから、それは容易に想像できた。

 そんな倉前くんの言葉を聞いて、周囲からもどこか尊敬すら混じる歓声が起こる。


「おー、流石!」

「頑張れよー!」

「転入生ごときに負けんなよ!」

「当然だろ」


 斜に構えながら得意げに言う倉前くんは、確かに自信を持ってそう宣言できるだけの魅力はあると思う。……けれども、よくよく考えたら肝心の月くんは何も発言してないんだけど……月くんの意思は無視なんだろうか。気にしたらいけない部分かな、これ。

 そんなことを他人事のように――実際私には関係のないことなんだけど――ぼんやりと考えながらも私は鞄に手を入れる。一番端に入れてある目的のものに指が届いて、掴んだときだ。


「姫ちゃんもおいでよー!」


 響いた愛らしいソプラノに、私は壁際に集められた机の一角を振り返る。向き合う形で大半の女の子達が集まる中、その中央に座ったマッチは大きく手を振って私を呼んでくれている。

 それに、今朝方の空也を一瞬思い出して、私は小さく苦笑した。


「ごめんね。私、今日も買いだから」


 鞄の中から掴んだ財布を取り出して、分かりやすいように振って見せる。重みがほとんどないってことは、多分誰にも分からない。


「購買結構混んでるし、きっと時間かかっちゃうから……」


 それらしい理由を付け加えて、私に作れる精一杯の困った顔で笑ってみせる。中等部と高等部が一緒になってる学校だ、お昼休みの購買が混雑してるのは一年目の私達でも誰もが知っているところだし。きっと買ってくるのには時間がかかる、そう、誰もが結論付けてくれるから。


「皆と食べてて。ね?」

「えーっ!」

「ごめんね、マッチ」

「でも姫ちゃん、この頃ずーっと一緒にお昼食べてないよ……?」


 しょんぼりと落ち込むマッチが再び空也の姿と重なって、私は苦笑するしかなかった。ここまで似てるなんて、と思う一方で、罪悪感も拭えない。残念だ、と思うのも本当。

 本当は、私だって一緒に食べたい。

 ……だけど、それができない理由があるから。


「仕方ないじゃん、万智ちゃん」

「残りの皆で食べようよ!」

「うん……」


 説得されて俯いたマッチを確認して、周囲の子達が次々にお弁当を開け始める。未だに肩を落としたままのマッチが気になったけど、それもその隣に映った倉前くんの姿を確認して、私はそっと視線を外した。明るい倉前くんの声に、マッチの声の調子も徐々に浮上していく。きっと大丈夫だ、倉前くんが一緒なら。

 座っていた椅子を戻して、一歩。なるべくそっちを見ないようにして踏み出せば、鼓膜を震わすのは高い声。


「あ……ねえねえ! 赤城くんも誘おうよ!」

「お、ナイス!」

「誘うっきゃないよねー!!」


 そんな会話を始める女の子達の後ろを少し早足で通り抜ける。さっきよりも明るさの増している声に、寂しいと思う資格はない。賑やかな声に包まれる教室を出て行く私は、意識をどうにか遠くの方へと向けながらも、思うことは唯一つ。


 ……やっぱり、月くんもトクベツなんだな。

 ぼんやりと浮かんできた感想は、予想できていたことだったけれども、同時に寂寥感を伴っていた。


 あれだけの人だ、すぐに人気者になるだろうことも用意に想像できていたし、皆の反応だって納得こそすれ、反論したい箇所なんてない。それでも何処かで落ち込んでいるのは、完璧なまでの自分との差を改めて実感させられたからで。

 分かってたことじゃないか、と。そう自分に言い聞かせて、強引にその考えを振り切り、走る。


 ……だから、気付かなかったんだ。


「……あれ?」

「赤城くん、どこ……?」


 華やいだ教室の雰囲気が、急速に静まっていったことに。




* * * * *




 私の足は購買へは向かわない。マッチ達にはああ言ったけど、実は最初からお昼を買いに行く予定なんてなかった。ひとまず、いつもの中庭に行こうと階段を降り始めた。

 瞬間。ぶわり。顔の目の前を、黒い影が通過した。


「え、わっ……!?」


 思わず仰け反った瞬間、ずるり。足の裏に、横一本の不自然な感覚が走り。

 浮遊感。

 あ、と、声を上げるより先に、足裏から感覚が消えた。

 ――落ちる。



「――由季!」



 響いた声が一体誰のものなのか、理解するよりも先に、腹部へと強い圧迫感が与えられる。同時に引き寄せられたのは引力とは逆方向。

 落下が、止まった。それを緩やかに自覚していくと同時、じわじわと何かの温度が背中から広がる。

 何かが、すぐ後ろに存在してる。そう理解して反射的に振り向けば、視認できたのはプラチナブロンド……――目の前にある、月くんの整った顔だった。


「っ、ユ……!?」


 状況が読み込めれば、次に生まれたのは、動揺。助けられたっていう事実も、未だに回されてる腕も、それによって距離がないに等しい――後ろから、抱き締められているような状態だっていうことも。飲み込もうとした瞬間、経験したことのないこの事態に、思考が完全に停止した。

 名前を呼ぼうとはしたけれど、開閉したきり二文字目以降が紡げない。いや、だって、何で月くんがいるんだ。あれだけ、女の子達が。それに、一体、この状況は。

 混乱する一方の私に対して、月くんはほんの少し表情に安堵の色を滲ませた。ふ、と息を吐いてから、彼は小さく首を傾げる。


「怪我は無いか?」

「え、あ……ううん、全然……っ!」


 慌てて大袈裟なまでに首を横へと振る私は、傍目から見たらさぞ滑稽だっただろう。けれども平然と言葉を返せるような余裕なんてまるでない。だって、まだ月くんの腕は私の腹部に回っていて、距離だって未だにゼロのままで。

 気恥ずかしさで他のことに意識を向けられない私は、とにかく否定を繰り返す。


「その……どこも、ぜんぜん、痛くないから……!」

「そうか」


 安堵に目元を和らげた月くんは、ようやく私から腕を離した。それによって、ようやく私も彼から一歩距離を取る。

 慣れない感覚……というよりも、正直弟以外の男の子に抱き着かれたことなんて今まで一度たりともない。未だに逸る鼓動を抑えながら、ようやくほんの少しだけ平静さが戻ってきた。嫌悪感とかそういうわけじゃない。ただ、深い意味なんてないとは分かっていても、初めてのことにどうしても気持ちが落ち着かないだけで。

 どうにか持ち直した私は、控えめに月くんのことを見上げた。


「えと……ありがとう」

「De rien.」


 落ち着いた物腰はそのままに、柔らかに笑って月くんがそう返してくれる。どこか楽しげにすら見えるその表情が、教室で見た普段の月くんとは何だか別人にすら見えて内心首を傾げたけれど、よく考えれば月くんの方は私と知り合いなんだった。多分その関係なんだろう、と、心の中でだけ一人納得してみたり。


「え……と、それで、月くんはどうして?」


 確かにクラスの女の子達は彼を誘うと言っていたはずだ。それがどうしてこんな場所にいるんだろう。

 疑問に思って首を傾げながら尋ねれば、月くんは一瞬目を細めた。眉が少しだけ下がったそれは何処か寂しそうにも見えた気がしたけれど、その表情をはっきりと認識するより先に彼は綺麗な微笑へと顔を戻す。見間違い、だったんだろうか。疑問に思う暇すらなく、彼が笑顔で唇を開く。


「昼食だからな、由季を追って来たんだ」

「……へ?」


 予想外の返答に、間抜けな声と同時に瞬きを繰り返してしまう。いや、だって……私?

 どうしてと疑問を紡ぎ出すより先に、今度は月くんの方が小首を傾げる。


「由季こそ、一体何処へ行くんだ?」


 投げかけられた当然とも言える疑問に、私はぎくりとして身を強張らせた。答えにくいその質問に、私は目を泳がせる。


「え……っと、購買……」

「は、違う方向だろう?」


 即答されたもっともな答えに、もう覚えたのか、と、思わず目を見開いて彼を見た。校舎だって幾つも存在してる敷地内だ。私なんて一カ月はどこに何があるのかさっぱり分からなかったのに、行ったことのないはずの場所まで記憶しているなんて。

 驚きに呆然としている私に気付いているのかいないのか、月くんは相変わらず穏やかな笑顔を浮かべていて。


「昼食は?」

「えっと……その、まだ買ってなくて……」

「……なら、丁度良いな」


 私の答えに満足したように彼は一つ頷いた。そうして、楽しそうな笑顔を浮かべて私の手をそっと取る。一瞬遅れて伝わってきた手の温度を、すぐには処理できなくて。


「……え?」

「来てくれ」


 そう導く月くんの足が向かう先は、階段。しかも中庭とは反対の、上へと向かっていく方だ。そっちに行くとなると、階数的に目ぼしい場所は屋上くらいしか残ってない。

 だけど。


「屋上は鍵がかかってて……」


 入れないよ、と。彼に連れられる形で階段を上りながらそう言おうと思った。

 けれど。

 見覚えのある、重そうな灰色の大きな扉。それに付いているノブを荷物を提げた月くんの手が軽く回せば、見かけと同じ重い音を立てながらも、それは静かに開けられた。


「……あれ?」


 目の前の状況に私はただただ瞬きをしながら、開け放たれた扉を眺める。確かに昔何度か来たときには閉まっていて、だからこそ私は屋上を諦めた。そのはずなのに。

 半ば呆然としている私を軽く見下ろして、月くんは小さく笑みを零す。


「開いていたな」

「……そう、みたい……」


 何でだろうと考えてみても、結局答えが分かるはずもなく。ただ本当に、あれだけ来たのに何でだろう……そう疑問に思うだけの私は、このときの月くんの顔が一切見えていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。