転入生(1)
「でさでさ、転入生くんはどんな外見?」
「顔は何系? ハーフなんだし王子系だったり?」
「女の子の好みとかは!?」
「ていうか、ホントに彼女についての情報ないの!?」
「はぁ……」
ひっそりと溜め息を吐きながら、私は一人自分の机に突っ伏した。
高校生ともなれば、やっぱり大多数の女の子はカッコ良い男の子に目がないものなんだろう。普段から女子の方が強い印象のあるクラスだけど、それにしてもあの勢いは凄かった。とにかく皆目の色が違う。実はちょっと怖いとすら思った……なんてことは秘密だけど、それはともかく。
噂こそ耳にはしていても、誰一人として実際にユエくんを見た子はいなかったみたい。あれから何度も質問攻めにされて、慣れない状況にもうへとへとだ。普段なら外側で会話を聞いているだけで、皆と一緒になって盛り上がることも少ないし……
ふう、ともう一度だけ息を吐き出して、私はぼんやりと教室全体を見回した。
一番後ろの、一つだけ飛び出している座席位置。横にも後ろにも他の生徒がいないその席が、先月の席替えで決まった私の席だ。窓側から男子、女子と交互に六列。縦に並ぶのも基本六人。けれども女子の方が男子より一人多い三十七人クラスでは、一人だけ七列目になる生徒が出る。そしてそれが、今回は私になった。横にも後ろにも並んでいる人がいないのは気楽な面もあったけど、教室中が賑やかに盛り上がっているときも、言葉を交わす相手がいないせいで置いてけぼりにされがちだ。まるで自分だけが遠く離れた場所にいて、皆のことを眺めているかのような感覚。別にそれが嫌いなわけではないけれど、寂しさはないと断言すれば嘘になる。
けれどもきっと、そのどちらとも昨日までの過去の話になるはずだ。
喧騒を耳に入れながら、ゆっくりと左に視線を移動する。
窓際の列の最後尾。教室における特等席とも言えるそのポジションには、昨日まではなかった机と椅子がひっそり静かに存在してる。傷一つない真新しいそれは、きっとユエくんのものになるんだろう。
……あんなことがあったのに、いきなり隣の席になるのか……嬉しいような、もうちょっと冷静になるまである程度時間が欲しかったような……正直複雑な気分になる。
それでも、と、私は再び前方へと顔を向けた。
朔ちゃんの占いが外れたことは一度もない。そしてその占いは、今回一つの結果を示した。――最高の相性。その、多少どころではなく信じ難い内容が頭を過ぎる。それが今回も当たるとしたら……別に外れると思ってるわけでも、疑っているわけでもないけれど……今回みたいな、こういう小さなきっかけから作られていくものなのかもしれない。出逢い方こそ普通とは言えないものだけど、私の中での彼との関係はゼロに近いものがある。そう急激に関係が深まることもないだろうし、今朝の一件は一度忘れて、ちょっとずつ仲良くなっていければ良いと思う。……中々、あれを記憶から消すのは難しいことだろうけど。
ふ、と小さく息を吐く。黒板をぼんやりと眺める私の耳には、相変わらず教室中で交わされている会話が自然と入ってくる。
私達の教室は、丁度職員室から一番遠い場所に位置してる。担任も五十代の穏やかな先生っていうこともあってか、教室に来るのはわりと遅い。高校生ともなれば本鈴が鳴れば立ち歩く人こそいないけれど、今日は状況が状況だ、雑談が多くなるのも自然なことで。
「イケメンフランス人の転入生ー?」
「お前ら、そりゃ夢見過ぎじゃねーの?」
「ウワサだろ、ウワサ」
「大袈裟に広まってるだけだって!」
そんな風に、笑い飛ばしている男の子達と。
「何言ってんのよ! 他の誰かならともかく、白井さんの情報よ?」
「オーバーに言う子でもないじゃん?」
「しかも本人と知り合いよ? 知り合い。だから絶対間違いなし!!」
強く反論する女の子達に、私は何となく気まずくなって顔を伏せるようにして俯いた。
嘘を吐いたわけじゃない。けれども実際は私の方には記憶がないから、本当の意味では知り合いって言えない気もする。じゃあ何なんだって言われても困るし、今話題になっている内容の方は間違ってる情報でもないから、わざわざややこしい方に否定することもないとは思うけど。なんて、ちょこっとだけ言い訳をしつつ、私はなるべく話を振られないように、目立たないようにと体を少しだけ縮めた。
「マジかよ!」
「んじゃ、梓とどっちが上?」
不意に飛び込んできた名前に、私はその話題で盛り上がっている子達にこっそり目を向ける。
さっき私にユエくんについて色々と尋ねてきたときの女の子達とよく似てる、強い興味の込められた眼差しをした男の子達。ただ、関心を持っている理由はきっと期待しているからじゃない。どこか警戒するような色が滲んだ声音と口調。その理由には大体察しがつくから、私は特に興味もなく一人静かに目を伏せた。
「お前、そりゃ梓に決まってんだろ? この半年で何人の女子から告白されたと思ってんだよ」
「オレが知ってるだけでも両手の指じゃ足りねーんだぜ?」
「先輩が多いよなー。どこで関わりがあったんだ? っつー」
「いや、後輩のが多いだろー」
「中等部からもちらほらこっちの校舎に来るよなー。梓目当てのちびっこい女子」
「ああ! あれ目立つよなー」
「流石にあれは犯罪だろー!」
「いや、歳ほどんど変わんねーし」
次から次へと出てくる情報。倉前くんの恋愛に関する話題は、昔からいつも事欠かない。倉前くんは中学時代もダントツの人気を誇ってたし、この学校でも相当人気は高いはず。それは今の会話でもそうだし、クラスの女の子達の反応とか、聞こえてくる噂とか、周囲の態度でよく分かる。同じように騒がれているユエくんの比較対象としては一番適任なんだろう。
「で、結局どっちなんだよ?」
「さあ? 知らなーい」
「見てみれば全部分かるんじゃん?」
追求する男の子達に対して、女の子の反応はすごく軽い。まあ、その返答も仕方ないと言えばそうなんだろう。実際にユエくんの顔を見た子は私以外にはいないんだし、私が話した内容だけじゃ今の問に対する答えなんて出せるはずもない。
けれども、それは男の子達からすれば当然不満なものだったんだろう。何とはなしに私が目蓋をゆっくりと開ければ、女の子達をじとりと見据える面白くなさそうな男の子達の顔が映った。
「お前らなあ……」
「曖昧なこと言うなっつーの」
「なーに言ってんのよ」
溜め息交じりに咎める男の子達に、女の子の冷めた視線が向けられる。それに同意するかのように、また別の女の子がその薄い唇を開く。
「どーせアンタ達が心配してんのは、」
まるで、見透かしているかの如く、迷いなく紡がれるのは。
「今以上にイケメンな恋のライバルが増えることでしょ」
私が最初に予想したものと、寸分違わぬものだった。
慌てた様子で「うっせ!」、「ほっとけよ」、なんて言葉が放っている辺り、それは正解だったんだろう。相手の女の子は限定されていなかったけど、マッチかな、朔ちゃんかな、それとも別の誰かかな。疑問が浮かんではきたけれど、さして興味があることでもない。すぐに思考を打ち切りながら、私は彼らから視線を外した。
一人後ろに飛び出ている私の座席は、横を向けばクラスメイトのほとんどが視界に映らない。教室中で交わされる言葉を、まるで意味を持たない音のように耳に入れながら、私はこれで最後になるかもしれない窓側の景色をぼんやりと眺めた。
未だに主が訪れる気配のない机は、ただただ無言でそこにある。今後は隣の人と組むときにはユエくんとペアになるのか、とか、そういえば生物の実験も座席の位置は変わらないから一緒になるんだな、とか、掃除の班も一緒だなあ、とか。ぽつぽつと思い至る何気ないことを思い浮かべつつ、私は僅かに目を細めた。
この座席を指定されるんだろう彼は、一体この教室で、高校で、どんな存在になるんだろう。期待しているんだろう女の子達は、それでもきっと噂に対しては多少の疑いを抱いてるはず。けれどもそう、その期待に応えるだけの……ううん、多分それ以上だろうユエくんを見れば、どんな立ち位置になるかなんて想像するのは酷く容易い。興味津々な女の子達の姿が蘇ってきて、私は少しだけ苦笑した。
と。
「梓ーっ!」
「お前ピンチなんじゃね? 林さん!」
「転入生に惚れちゃったらどうするよー?」
「は? そりゃお前、全力で阻止するし」
一際大きな声で交わされている会話が、自然と私の耳朶を打つ。倉前くんは一番廊下側の列の真ん中に座ってる。きっとその周辺の子達と話しているんだろう。確認してはいないけれど、立ち歩いている気配はないから多分間違ってはいないはず。それなのに反対方向にいる私の耳に届くくらいだ、きっとマッチにも会話の内容は聞こえているとは思うけど、倉前くんにとっては構わないことなんだろう。周知の事実とでも言うべきか、からかってくる男の子達のストレートな発言も咎める様子はまるでない。むしろ自信に満ちた様子で答えを返しているのが、声からも明確に伝わってきた。
どうやら笑ってすらいるらしい倉前くんが、男の子達の目にはよっぽど余裕に見えたんだろう。感心したような声が複数同時に飛び込んできた。
「言うなー梓!!」
「まぁでも、お前みたいに何でも揃ってるヤツはほとんどいないしなー」
「大丈夫だろー、梓なら!」
どうやらあっちは倉前くんなら大丈夫って結論に達したらしい。それも自然な流れだろう、倉前くんには秀でた顔と頭脳と運動神経の三拍子がきっちり揃ってる。倉前くん以上の要素を兼ね備えた人なんて滅多に現れないだろうと思われていても何も不思議じゃない。
ただ、その可能性は決してゼロではなくて。
そのゼロではない確率に対して期待を強く抱いているらしい女の子達の声が、また別の方向から聞こえてくる。
それは丁度教室の中央……マッチの座席の辺りから。
「だってさ、万智。どうするの?」
「どうって……?」
「転入生くんが倉前くん以上にイケメンだったら!」
こちらもまた明確に聞き取れる程度の声量で、数人の女の子がマッチに迫っているらしかった。最初こそ不思議そうに聞き返していたマッチだけど、さすがにそこまでストレートに聞かれたら、何の話題かはすぐにぴんときたんだろう。「えっ!?」なんて慌てたような可愛らしい声が大きく響く。
それでもそこに拒絶の色はなかったからか、女の子達から質問が止まることはなく。
「転入生くんに乗り換えちゃう?」
「それともやっぱり倉前くん?」
「も、もうっ! 何でそんな話になっちゃうのっ!?」
「だって気になるじゃーん!」
「正直万智や水梨さんにはウチらじゃ勝ち目ないんだしー」
ぼんやりと外へ向けていた視線を、私は彼女達へゆっくりと移す。斜め後ろから見ているせいで前を向いているマッチの顔は半分以上が見えないけれど、恥ずかしさからか赤く染まっている頬に正直迫力は丸でない。もちろん、友達に対してマッチがこんなことで本気で怒るはずもないから、それも理由の一つではあるんだろうけれど。そして彼女達もそれを理解してるから、からかい混じりにも本気の興味を滲ませながらマッチに注目してるんだ。




