幼馴染み(4)
「男? 女?」
「男の子だよ」
「やっぱり男の子なんだー!」
「じゃあじゃあ、帰国子女ってウワサも……?」
「うん、それも本当」
私が肯定すると同時、上がったのは黄色い悲鳴。それも一つや二つどころじゃない。高校、それも私立大学の付属校ともなれば転入生は本当に稀だ。だからこその珍しさに、帰国子女っていう項目まで追加された上に、トドメとなる男の子っていう性別。これで騒ぐなって言う方が無理だと思う。
「ほらっ、帰国子女だって!」
「ってことは外国語もペラペラ!?」
「良いじゃん良いじゃん! ハイスペック男子!!」
そんな会話で盛り上がっていく彼女達は、興奮冷めやらぬ表情のまま、ぐるんと私を振り返る。あまりの勢いに思わず一歩下がりかけたけど、寸でのところでどうにか思い止まった。幸いなことに、転入生に夢中になっている彼女達は誰一人として気付かなかったけど。
「ね、ね! 白井さん、転入生クンとどういう知り合い!?」
「っていうか超意外なんだけど! まさかの白井さんの知り合いだったとか!」
「ねー! 昨日だって全然そんな雰囲気なかったのに!」
それはまあ、知らなかったんだからしょうがない。昨日どころか数年前に遡っても、転入の話のみならず、彼の存在自体すら。
……なんて事実を口にしちゃえば混乱することは目に見えてるから、私は無言で視線を泳がせた。下手なことを言えばボロが出るに決まってるし、ここは必要最低限以外黙っておくに限る。多分。
ただ、彼女達は彼女達で想像を膨らませているらしく、少しの疑問と多大な興味を含んだ楽しげな笑顔が私に向けられる。
「幼稚園で一緒だったとか? さっきの水梨さんみたく」
「ううん、幼稚園は違ったけど……」
一度そこで言葉を区切って、私はちらりとマッチに視線を向けた。
私の方には彼の記憶が全くないから、他の人から情報を得るしか知る方法がない。ひとまず朔ちゃんに心当たりがなかったんだから幼稚園関係ではないとして、小学校ではどうなのか。判断すべくマッチの様子を窺えば、その表情はいつもと変わらない明るい笑顔。
「姫ちゃん、他校のお友達多いんだねっ!」
にっこり笑っているマッチは、まるで心当たりがあるような様子がない。マッチは頭も良いし記憶力だってかなり良いと思う。そのマッチがこの反応なら、小学校も違ったみたいだ。
となると、ユエくんは何時頃からの、どの程度の知り合いになるんだろう。ふと疑問が生まれたけれど、今それを考えている余裕はない。
羨ましそうな様子が前面に出ているマッチに対して、私は曖昧に笑って返した。
「二人だけだし……そんなに多くはないと思うけど……」
「そうかなー? 万智にはそんな子一人もいないし、二人なら十分多いと思うよっ! 良いなー姫ちゃん、万智もそういう子欲しかったなー……」
心底羨ましいと言わんばかりの表情で私を見上げてくるマッチに、私はそれ以上何も言わずに苦笑する。
確かにゼロのマッチと比べれば二人いる私は多いように思えるかもしれないけれど、親しい友達の数ならマッチの方が断然多い。だからこそ、そんなに羨ましがる必要はないんじゃないかな……なんて思えないこともないけれど、残念そうな顔を見たらそれもすぐに消えていく。
マッチは大勢でいるのが好きな子だし、純粋に知り合いが広く欲しいんだろう。そんなことを想像するのは決して難しいことじゃない。
そうして会話に一区切りついたところで、興味津々といった表情を浮かべている女の子達は、私とマッチを交互に見遣った。
「じゃあ、どういう関係なの?」
「万智が知らないってことは、小中も違うんでしょ?」
「うん、そんな子いなかったもんっ!」
やっぱり小学校も違ったみたいだ。内心で納得する一方で、それじゃあユエくんとは単なる知り合い程度の関係だったのかな、なんて考えも浮かんでくる。幼稚園から今まで一度も同じ場所に通っていなかったんだ。つまり私とユエくんは、多分。
「お母さん同士が親友なの。その息子さんだから……」
そういう繋がりがあったから、私のことを知ってる。きっとそれだけの関係性なんだろう。
私がそう説明すれば、女の子達は合点がいったというように何度も首肯する。
「あー、成程ねー」
「じゃあ結構近所なわけだ?」
「うん……まあ、一応……」
「ってことは、やっぱ水梨さんとも知り合い? 水梨さんも家、近所なんだよね?」
「あ……ううん、朔ちゃんとは違うけど……」
「外見は? イケメン? B系? フツー?」
「えっと……」
一人の女の子からの問いかけに、私は言葉を詰まらせた。
顔を思い出すまでもなければ、迷う必要だってない――きっと彼は、誰が見ても綺麗だと思える程の顔立ちをしてる。
……だけどユエくんのことを考えれば、どうしたって今朝の一件までも同時に脳裏に蘇ってきて、とてもじゃないけど冷静なままじゃいられない。彼からすれば単なる挨拶だったのかもしれないけれど、私にとっては気恥ずかし過ぎることなわけで。
ここで赤くなるわけにもいかない。そう、自分に何度も平静を呼びかけるけれど……それでもやっぱり、左の頬がやけに熱いような気がした。
「……綺麗な顔してるよ、すごく」
変な声にならないように努めながら返答すれば、その内容に彼女達は皆大きく目を見開いた。そうして徐々に浮かんでくる笑顔に込められているのは、強い期待に他ならず。
「ホントに!?」
「え、どのくらい? 芸能人では誰系!?」
「え……と…………芸能人でも、あそこまでの人は、ほとんどいないと思う……かな」
少なくとも、私はユエくんほど綺麗な芸能人は一人も知らない。そもそも私が全然テレビを見ないから、芸能人自体に詳しくないこともあるんだろうけど。
それでもやっぱり、ユエくんの容姿が特別なことに変わりはない。
この場で唯一彼のことを知っている……しかもそれがさっきの今なんかじゃなくて、昔からの知り合いである私の発言ともなれば、かなりの信憑性があると判断されたんだろう。目に見えて彼女達の顔に喜色が浮かんだ。
「マジで!? そんなに!?」
「それでそれで!?」
「フランス人とのハーフっていうのもホント?」
「うん、本当」
首肯すれば、とたんに悲鳴にも似た声が上がる。顔を見合わせる彼女達の瞳には、興奮と歓喜がはっきりと見て取れた。
「フランス人とのハーフで帰国子女でイケメンとか……!」
「何それ! もうカンペキじゃん!?」
「彼女とかいんの!?」
「え? あ、いや、そこまでは……」
勢いよく尋ねられて、私は慌てて首を振る。盛り上がっていく会話が恋愛方面に向かうのは自然な流れなのかもしれないけれど、残念ながら彼の記憶すらない私にはそっちの情報に関してはゼロだ。知らないことを答えられるはずもない。当然ながら私の答えは彼女達の期待に全く応えられなかったんだろう。落胆の色が漂う空気にすら滲む。
「そっかあ……」
「でもでも、チャンスかもしんないじゃん!?」
「フリーだったらどうするー?」
「もち、狙う!」
「カノジョ持ちかもよ?」
「でも遠距離でしょ? 十分いけるってー!」
「アンタらねぇ……」
期待と、興奮とで盛り上がる子達に、呆れながらも楽しげに参加する子達。クラスの大半の女子が参加している会話を何となく後ろの方で聞きながら、ふとユエんくんのことを改めて思い浮かべてみた。
……恋人かあ……あれだけ綺麗な男の子だったし、いても全然おかしくないとは思うけど、いないって言われたとしてもしっくりくるような気もする。別に彼女ができなさそうってわけじゃない。むしろ女の子にはすごくモテそうだけど、何だろう。ちょっと避けてそうな印象が少しあったからかな……最初に見たときは無表情だったから、そう感じたんだと思うけど。
……どうなんだろう、恋人……いるのかな。
一瞬疑問を抱いたけれど、すぐに頭を振ることで外へと追いやった。
ユエくんに彼女がいてもいなくても、私には関係ないことだ。数年会ってなかったわけだし、高校生にもなれば、男女、それも単なる知り合いだったら、程々の付き合いしかしないだろう。仲良くなりたいとは思ってるけど、恋人がいるなら適度に距離を置けば良い。
そんなことを考えていた私は、ふと俯いたままのマッチに目が留まった。未だに盛り上がる女の子達の真ん中にいるにも関わらず、それに参加していなかったマッチは、ぽつり。
「……綺麗なハーフの男の子、かあ……」
呟くように小さな声だったけど、マッチがいるのは皆の中心。後ろにいた私の耳にすら届いたそれが周囲に聞こえないはずがなく、全員の視線が今度はマッチへと集まった。
「えー? 何々? 万智、興味あるのー?」
「えっ……!」
「あーっ! 赤くなったーっ!!」
「図星だーっ!!」
「浮気はダメよー? 万・智・ちゃん?」
動揺したのか顔を赤く染めるマッチに、彼女達はにんまりとした笑顔を浮かべた。そして次々にかけられる言葉に、マッチは慌てて口を開く。
「ち、ちがっ……っていうか、浮気って何っ!?」
「まったまたー! しらばっくれちゃって!!」
「倉前くんが可哀想じゃーん」
「ち、違うよっ! そんなんじゃないってばーっ!!」
真っ赤になって、必死に否定するマッチ。けれどもそれは、むしろ肯定してしまっているようにすら映る。きっとマッチは力説しているつもりなんだろうけれど、全く迫力がない上に、むしろ可愛らしく映るから。
それじゃ逆効果だよ……なんて私が言う間もなく、マッチは女の子達から抱きつかれて。
「ウソウソっ! ジョーダンだって!」
「ふぇ……?」
「真っ赤になっちゃってカワイーっ!!」
友達の冗談発言に呆然としたまま、もみくちゃにされるマッチ。私がそれを眺める中、彼女達はにこりとマッチに笑顔を向ける。
「それに万一惚れちゃっても、万智なら大丈夫だって!」
「そうそう! 転入生くんだってイチコロ!」
「もし彼女がいたって、万智なら奪えるっ!」
「っていうか、転入生の方が彼女フっちゃうかもだし!?」
「ありえるーっ!」
「何せ万智ちゃんはアイドルだし! ね、白井さん!」
向けられる視線は、期待よりも確信に満ち溢れているもの。その中に一つだけ、戸惑うようなマッチの目がある。
困ったように私に向けられる大きなその双眸に、私は笑って頷いた。
「マッチなら大丈夫だと思うよ」
「ひ、姫ちゃんまで! 違うってばぁ!!」
また否定するマッチは、やっぱり可愛くて。必死に主張するマッチを見ながら、他の女の子達は、その愛らしさに笑みを零す。
そんな彼女達を眺めながら、私は一人、一歩外でただ静かに笑っていた。




