08 アカライ・前編
待ち合わせ場所へ向かうと、一台の軽自動車が路 肩に停まっていた。
運転席の窓がゆっくりと下がる。
「乗れ。」
いつも通りの短い一言。
鼎は軽く頭を下げ、助手席へ乗り込んだ。
ドアが閉まる音と同時に車は静かに走り出す。
住宅街を抜け、大通りへ出る。
しばらくはどちらも何も話さなかった。
エアコンの風だけが静かに流れている。
助手席から横顔を盗み見る。
五和は前だけを見ていた。
いつもと変わらないようでいて、どこか今日は空気が違う。
鼎は膝の上で手を組み直した。
「……今日は、どこへ行くんですか。」
五和はすぐには答えなかった。
信号を一つ越え、市街地を抜ける。
車は次第に山道へ入り、窓の外を緑が流れ始めた。
「アカライ。」
短く返ってきた言葉に、鼎は首を傾げる。
「アカライ……?」
「組織の名前だ。」
聞いたことがない。
少なくとも、民俗学を学ぶ中でも耳にした覚えはなかった。
「境界を見守る者たちの集まりだ。」
その一言に、鼎は思わず五和を見た。
「そんな組織があるんですか。」
「ああ。」
「……父さんも?」
少しだけ間が空く。
「あいつも、アカライだった。」
胸が小さく鳴る。
父の名前が出ただけで、心臓が妙に騒いだ。
「俺も所属している。」
淡々と続ける。
「ただ、お前が想像しているような組織じゃない。」
「秘密結社……みたいな?」
「違う。」
即答だった。
「教師もいる。」
「会社員もいる。」
「神社の宮司もいる。」
「郵便局員もいる。」
鼎は目を瞬かせる。
「みんな、それぞれ普通に生活している。」
「じゃあ……どうやって。」
「境界は土地と共にある。」
五和は山道を曲がる。
「土地を知る者が、境界を知る。」
「だから地域ごとに人がいる。」
なるほど、と頷きかけて、また疑問が浮かぶ。
「でも、それならどうして今まで……。」
「知らなくていい世界だからだ。」
静かな声だった。
「知らずに一生を終える人間の方が多い。」
その言葉には、不思議と重みがあった。
鼎は窓の外へ目を向ける。
木々の隙間から夏の光が差し込む。
蝉の声だけが賑やかだった。
「じゃあ、俺は。」
「境界へ入った。」
五和は迷いなく答える。
「生きて帰ってきた。」
「だから、お前には資格がある。」
「資格?」
「アカライへ入る資格だ。」
鼎は思わず笑ってしまう。
「そんな簡単に。」
「簡単じゃない。」
五和の声色は変わらない。
「だから今日、お前には試験を受けてもらう。」
笑顔が止まる。
「試験……。」
「通れば仲間だ。」
「落ちれば?」
「何も変わらん。」
それだけだった。
鼎は少し黙る。
聞きたいことは山ほどある。
父のこと。
境界のこと。
アカライのこと。
けれど、一番聞きたいことを口にした。
「父さんは……どんな人だったんですか。」
五和は少しだけ目を細める。
「今のお前によく似ていた。」
「え?」
「だから余計に放っておけなかった。」
それだけ言うと、それ以上は語らなかった。
⸻
車はさらに山を登る。
十分ほど走った頃だった。
小さな集落が見えてくる。
その奥で車がゆっくり止まった。
鼎は顔を上げる。
目の前にあったのは。
『○○地区公民館』
白い看板。
少し色褪せた外壁。
夏祭りの提灯が軒先へしまわれている。
「……ここですか。」
「ああ。」
鼎は看板と五和を見比べた。
「組織……ですよね?」
「そうだ。」
「公民館ですけど。」
「公民館だからだ。」
そう言って五和は先に歩き出してしまう。
鼎は慌てて後を追った。
後半へ続きます。今回も読んでいただき、ありがとうございます。




