58 答えだったもの
その日の夜。
鼎は机の引き出しを開けた。
取り出したのは、父親のノート。
「……」
何度も読んできた。
父親がいなくなった後も。
アカライに入ってからも。
最初は、何が書いてあるのかほとんど分からなかった。
場所。
時間。
記憶。
境界。
意味の分からなかった言葉も、実際に境界へ触れることで少しずつ見え方が変わってきた。
鼎はページをめくる。
そして、最後で止めた。
そこには、昔から何度も見てきた一文がある。
――境界は、存在する。
「……」
ずっと、答えだと思っていた。
父親は伝承を調べ、境界というものへ辿り着いた。
そして最後に、その存在を確信した。
だから。
――境界は、存在する。
そういう意味なのだと思っていた。
「……待てよ」
鼎はノートを見る。
境界が存在することなら、今の自分だって知っている。
父親は自分よりずっと前から調べていた。
五和とも、境界へ行っていた。
なら。
父親が境界の存在を知ったのは、本当に失踪する直前だったのか。
「……」
もっと前から知っていたとしたら。
なぜ最後に、こんな当たり前のことを残した?
鼎は椅子へ深く座り直した。
今まで、一度も疑わなかった。
父親は境界を調べていた。
だから、父親が探していたものも境界だった。
自分の中では、それが当たり前に繋がっていた。
けれど。
調べていたものと、探していたもの。
それは、本当に同じなのか。
「……」
もう一度、最後の一文を見る。
――境界は、存在する。
文字は何も変わっていない。
それなのに、昨日までとは違って見えた。
答えだと思っていたものが。
問いに変わっていく。
「……じゃあ」
鼎は小さく呟いた。
「父さんは、何を探してたんだ?」
ノートは答えない。
鼎はしばらく、最後の一文を見つめていた。
やがてノートを閉じ、部屋を出た。
*
廊下。
父親の部屋の前で、鼎は足を止めた。
昨日、初めて触れた扉。
今日は手を伸ばさない。
ただ、まっすぐ見る。
開ける理由が、昨日とは少しだけ変わっていた。
父親がいないことを確かめるためじゃない。
父親が何をしていたのか。
知るために。
「……」
鼎は扉を見る。
まだ、開けない。
でも今度は。
その向こうに何があるのかを、知りたいと思った。




