57 開かない扉
数日後。
公民館には、いつもの時間が戻っていた。
五和はいる。
今日も資料室で、いつものように資料を読んでいる。
「……」
「鼎」
「ん?」
辰野が見ていた。
「またぼーっとしてるぞ」
「してない」
「してた」
美羽が言う。
「してたね」
葵まで続く。
「お前ら最近、俺のこと見すぎじゃない?」
「分かりやすいんだよ」
「何が?」
「考え事してる時」
「そんな顔に出る?」
「出る」
三人の声が重なった。
「……マジか」
美羽が笑う。
「で、何考えてたの?」
「別に」
「ほら」
葵が言った。
「何がほらなんだよ」
鼎も笑った。
いつもの会話。
いつもの公民館。
五和がいなかったのは、ほんの数日だった。
今はもう戻っている。
それでも、どこにいるのか分からないという感覚だけが妙に残っていた。
*
家に帰り、靴を脱いで自分の部屋へ向かう。
その途中で、鼎の足が止まった。
「……」
閉じた扉。
父親の部屋だった。
父親がいなくなってから、一度も開けていない。
鍵が掛かっているわけではない。
誰かに入るなと言われたわけでもない。
ただ、開けられなかった。
中に何があるのかが怖いわけではない。
むしろ、何も変わっていないことを見るのが嫌だった。
机。
椅子。
棚。
父親がいた時のまま。
そこに、本人だけがいない。
それを自分の目で確かめることが、ずっとできなかった。
「……」
鼎は扉を見る。
以前なら、ここで目を逸らしていた。
今日もそうすればいい。
なのに、足が動かなかった。
数日前。
五和がいなくなった。
何をしているのか。
どこにいるのか。
何も分からなかった。
待っていれば戻ってくるのか。
それすら分からなかった。
そして、五和は戻ってきた。
父親は。
戻ってこなかった。
「……何も聞いてなかったな」
何をしていたのか。
何を考えていたのか。
なぜ、いなくなったのか。
父親がいた頃の自分は、何一つ聞こうともしなかった。
いなくなるなんて、思っていなかったから。
「……」
鼎は手を伸ばした。
ドアノブへ触れる。
冷たい。
ゆっくり握る。
胸の奥が、少しだけ重くなった。
回せばいい。
ただ、それだけ。
境界でもない。
道が消えるわけでもない。
時間が狂うわけでもない。
何かが待っているわけでもない。
ただの扉だ。
分かっている。
それでも、手は動かなかった。
「……まだ無理か」
鼎はドアノブから手を離した。
少し腹が立った。
結局、以前と何も変わっていないような気がした。
けれど。
今日は、そのまま立ち去らなかった。
閉じた扉を見る。
分からないものを、分からないまま残しておくこと。
それと、知るのが怖くて見ようとしないことは。
たぶん、同じじゃない。
「……」
鼎はもう一度、ドアノブを見る。
「次は、開けるからな」
誰に言ったのか、自分でも分からなかった。
父親なのか。
それとも、自分自身なのか。
返事はない。
鼎は小さく息を吐き、扉に背を向けた。
今日も、父親の部屋は開かなかった。
それでも。
初めて、その扉に触れた。




