54 暗闇
夜。
鼎は自分の部屋にいた。
机の上には、公民館から持ち帰ったメモが置かれている。
五和からは、まだ連絡がない。
「何してんだよ……」
鼎は携帯を机へ置いた。
何を見つけたのか。
どこへ行ったのか。
考えても分からない。
そして、もう一つ。
頭から離れないものがあった。
秋山。
古い記録に残された年代。
それを見た時の、僅かな反応。
本人にも、なぜ気になるのか分からないという。
「……」
五和のことも。
秋山のことも。
今は分からない。
鼎はメモを閉じた。
*
灯りを消し、布団へ入る。
窓の外では秋の風が鳴っていた。
鼎は目を閉じる。
少しずつ、意識が遠くなっていく。
そして。
*
暗い。
鼎は目を開けた。
「……?」
何も見えない。
天井も。
壁も。
床もない。
ただ。
暗闇だけがあった。
「……また?」
声が暗闇へ消えていく。
返事はない。
前にも。
ここへ来た。
そう思った。
けれど。
同じ場所なのか。
それすら分からない。
「……どこだよ」
返事はない。
「五和さん?」
何も。
「凪さん?」
何も返ってこない。
鼎は口を閉じた。
耳を澄ませる。
音がない。
風も。
人の気配も。
何もない。
誰かがいる感じはしなかった。
見られている感覚もない。
むしろ。
逆だった。
この暗闇は。
鼎がここにいることなど知らない。
そんな気がした。
「……」
歩こうとして。
止まる。
どこへ?
前。
後ろ。
右。
左。
そもそも。
自分がどちらを向いているのかすら分からない。
足元も見えない。
それでも。
自分が立っていることだけは分かる。
「夢……だよな」
声だけが。
暗闇へ消えていった。
*
どれくらい。
そこにいたのだろう。
一分。
十分。
一時間。
それとも。
ほんの数秒。
確かめるものがない。
時計も。
空も。
光もない。
ここはどこだ。
いつからいる。
どうすれば出られる。
何のために。
自分はここにいる。
考える。
けれど。
何も分からない。
暗闇は何も教えてくれない。
問いかけても答えない。
いや。
違う。
答えないのではない。
そもそも。
問いかけられていることすら知らない。
「……」
何か意味があるのか。
この場所にも。
ここにいることにも。
この夢にも。
分からない。
考えても。
何も返ってこない。
やがて。
鼎は考えるのをやめた。
意味を探すのも。
答えを探すのも。
ただ。
そこにいる。
目を閉じる。
暗い。
開けても。
やはり暗い。
何も変わらない。
その時。
すう。
はあ。
「……」
音がした。
耳を澄ませる。
すう。
はあ。
自分の呼吸。
それだけだった。
鼎は息を止める。
――。
何も聞こえない。
ゆっくり息を吐く。
はあ。
音が戻る。
そして。
もう一つ。
どくん。
どくん。
胸の奥。
鼎は自分の胸へ手を当てた。
どくん。
どくん。
心臓が動いている。
ここがどこなのか。
分からない。
どれだけ時間が経ったのかも。
分からない。
意味も。
分からない。
ただ。
自分がいる。
それだけは。
分かった。
*
「……っ」
鼎は目を開けた。
天井。
カーテン。
机。
椅子。
自分の部屋。
窓の隙間から、朝の光が差し込んでいる。
「……」
鼎は動かなかった。
胸へ手を当てる。
どくん。
どくん。
心臓が動いている。
夢の中と同じ。
「……まただ」
前にも見た。
誰もいない公民館。
いつの間にか変わっていた時間。
そして、暗闇。
細かいところは、思い出そうとすると少しずつ逃げていく。
けれど今回は、一つだけ妙にはっきりと残っていた。
場所も。
時間も。
意味も。
何も分からなかった。
それでも。
自分だけは。
そこにいた。
「……なんなんだよ」
答えるものはない。
鼎は枕元の眼鏡を取り、かけた。
ぼやけていた部屋が、いつもの形へ戻る。
机。
携帯。
時計。
場所がある。
時間もある。
いつもの朝。
それでも鼎は、しばらく動かなかった。
胸の奥。
どくん。
どくん。
その音だけを、確かめるように聞いていた。




