↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Marbling 現実と伝承が交わる、その先へ。  作者: 赤足
第五章 境界線編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
53/68

53 Eclipse

「秋山清次郎さんですね」


 足が止まった。


 確かに、自分の名前だった。


 秋山はゆっくりと声のした方へ顔を向ける。


 仕事を終えた者。


 買い物袋を持つ者。


 手元の画面を見ながら歩く者。


 行き交う人々の中に、一人だけ僅かに流れから外れて立つ人物がいた。


 見覚えはない。


「……どちら様でしょうか」


 返ってきた名前に、秋山は僅かに眉を寄せた。


「Eclipse……?」


 聞いたことのない名前だった。


「組織の名前でしょうか」


 短いやり取りのあと、秋山は相手を見直した。


「申し訳ありませんが、私はその名前を存じ上げません」


 相手は特に驚いた様子もない。


 知らないことまで織り込み済みなのだろうか。


「私をご存じなのですか」


 少なくとも、名前は知られている。


 さらに話を聞けば、自分がアカライに関わっていることも把握しているらしい。


 偶然声を掛けられたわけではない。


「それで、私に何のご用でしょう」


 返ってきた言葉に、秋山は僅かに目を細めた。


「……私が、どこまで知っているのか?」


 妙な質問だった。


「何についてでしょう」


 そして出てきたのは、知っている名前だった。


「アカライ……」


 秋山は相手を見る。


「私がアカライに関わっていることも、ご存じなのですね」


 やはり、自分を知った上でここへ来ている。


「Eclipseという組織も、境界に関わっているのですか」


 答えを聞き、秋山はほんの少し視線を落とした。


 境界。


 また一つ、自分の周囲に知らないものが増えた。


     *


 秋山は相手の話を聞いた。


 Eclipseも境界を調べている。


 観測し、記録する。


 そこまでは、アカライと大きく変わらない。


「……違うのは、その先ですか」


 境界を知ったあと、どう向き合うのか。


 アカライは、必要であれば人を境界から遠ざける。


 危険を避ける。


 関わらせない。


 だがEclipseは、それだけが方法ではないと考えているらしい。


「なるほど」


 秋山は静かに答えた。


「考え方は分かりました」


 一拍置く。


「ですが、理解することと、賛同することは別です」


 相手は否定しなかった。


 それを見て、秋山もそれ以上踏み込まない。


「私は、あなた方のことを知りません」


 Eclipse。


 今、初めて聞いた名前。


「今のお話だけで、どちらが正しいかを決めるつもりもありません」


 返された言葉に、秋山は少し考えた。


「……正しいかどうかではない?」


 さらに話を聞く。


「選ぶこと、そのもの」


 境界と、どう向き合うのか。


 誰か一人が。


 一つの組織が。


 すべてを決めてよいのか。


 そういう問いなのだろう。


「なるほど」


 理解はできる。


 だが、まだそれだけだった。


 知らない組織から一度説明を受けただけで、自分の立つ場所まで変えるつもりはない。


     *


「一つ、確認しておきたいことがあります」


 秋山は相手を見る。


「あなた方は、アカライと敵対しているのですか」


 しばらく相手の言葉を聞く。


「……敵ではない。ただ、同じではない」


 秋山は、その言葉を覚えておくことにした。


 敵ではない。


 だからといって、味方とも限らない。


 今の自分には、それ以上を決める材料がない。


「分かりました」


 そこで、話の向きが変わった。


「……私が、珍しい?」


 境界に関わった人間は、これまでにもいる。


 影響を受けた者もいる。


 だが、自分のような例はほとんどない。


 そこまで聞いたところで、秋山の表情から僅かに柔らかさが消えた。


「私について、どこまで知っているのですか」


 返ってきた答えに、秋山は少しだけ息を吐いた。


「……すべてではない」


 その方が、まだ信用できた。


「そうですか」


 秋山は僅かに笑う。


「でしたら、私と同じですね」


 自分にも、自分自身について分からないことがある。


 覚えていないもの。


 理由の分からない感覚。


 古い記録を見た時に生まれた、説明できない引っ掛かり。


「知らないものを、知っていることにはできませんから」


     *


「一つ、まだ分からないことがあります」


 秋山は尋ねた。


「なぜ、私なのです」


 Eclipseが境界に関わっていることは分かった。


 アカライとは考え方が違うことも。


 だが、なぜそれを自分に話す。


 相手の説明を聞いていた秋山の意識が、一つの言葉で止まった。


「……今のアカライ?」


 秋山は初めて、はっきりと相手を見た。


 なぜ。


 わざわざ「今の」と付ける。


「私が、今のアカライを見て何を思うのか」


 それをEclipseは知りたいらしい。


「……」


 昨日見た古い記録。


 なぜか引っ掛かった年代。


 そして、今のアカライ。


 その二つの間に何かがあるのか。


 それすら、まだ分からない。


「あなた方は、私について何を知っているのでしょうね」


 返ってきた言葉に、秋山は僅かに目を見開いた。


「……私が何を知っているのかを、あなた方も知りたい?」


 そこでようやく、最初の言葉へ戻った。


 ――あなたが、どこまで知っているのか。


 Eclipseも、秋山についてすべてを知っているわけではない。


 自分が何を知っているのか。


 何を覚えているのか。


 何に反応するのか。


 それを確かめるために、声を掛けてきた。


「なるほど」


 秋山は静かに息を吐いた。


「ようやく、私に声を掛けた理由が分かりました」


 少なくとも。


 自分だけが相手を探っていたわけではない。


 向こうもまた、自分を観測していた。


     *


 信号が変わった。


 人の流れが二人の間を横切る。


 ほんの数秒。


 相手の姿が見えなくなった。


 人が途切れる。


「……」


 先ほどまで相手がいた場所を見る。


 もう、誰が話していたのか分からなかった。


 秋山は追わない。


 今追ったところで、自分には何を聞くべきなのかすら分かっていない。


 再び歩き出す。


 夜の町。


 人。


 車。


 光。


 知らなかったことが、一つ増えた。


 Eclipse。


 そして、新しく分からなくなったこともある。


 ――今のアカライ。


 秋山は歩みを緩める。


「……Eclipse」


 知らなかった名前を。


 今度は忘れないように、静かに口にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。