51 違い
夜。
公民館のほとんどの部屋は、すでに明かりが消えていた。
その中で、一つだけ灯りの残る部屋がある。
資料室。
五和は一人、机に向かっていた。
古い観測記録。
調査報告。
写真。
年代も、場所も、伝承も違う。
五和は一枚ずつ目を通していく。
ある記録では、同じ場所にいた二人の証言が食い違っている。
別の記録では、現地で見たものと写真に残ったものが一致していない。
さらに別の記録。
五和の手が止まった。
しばらく見つめたあと、机の端に置かれた一枚の写真へ視線を移す。
千永花。
黄色い花が、二輪。
「……」
五和は古い記録と写真を並べた。
何も書き留めない。
ただ、見比べる。
やがて資料を閉じた。
資料室の明かりが消えた。
*
翌朝。
「珍しいね」
美羽が言った。
「何が?」
「この四人でいるの」
同じ机を囲んでいるのは、鼎、辰野、葵、美羽。
「ああ。最近バラバラだったもんな」
辰野が言う。
「最初の頃みたい」
「何も分かってなかった頃?」
「今もそんなに分かってないけど」
葵だった。
「それ言う?」
鼎が苦笑する。
久しぶりに四人が揃った。
いつもの朝。
ただ、一人だけ姿がなかった。
*
「……出ませんね」
凪が携帯を下ろした。
「誰に?」
「神原さんです」
「五和さん?」
鼎が周囲を見る。
そういえば、朝から一度も見ていない。
「昨日は?」
「夜までは確認されています。最後の利用記録は資料室です」
「その後は?」
「確認できていません。連絡もありません」
鼎の中に、小さな引っ掛かりが生まれた。
連絡がない。
行き先も分からない。
突然、いなくなる。
父親の時と、少しだけ似ていた。
「一人で調査に行ったとか?」
美羽が尋ねる。
「神原さんは単独行動を認められています。ただ、連絡がない以上、それも確認できません」
鼎は資料室を見る。
「昨日、何してたか調べません?」
凪が頷いた。
「そうしましょう」
*
しばらくして、机の上は資料で埋まっていた。
古い観測記録。
写真。
手書きの報告書。
「五和さん、これ全部見たの?」
「利用記録上は」
凪が答える。
鼎も一冊を開いた。
場所が違う。
年代も違う。
伝承の内容も違う。
山。
湖。
集落。
道。
何かを見た記録もあれば、何も見なかった記録もある。
写真が残っているもの。
証言しか残っていないもの。
「……分からん」
鼎が顔を上げた。
「早い」
葵が言う。
「いや、本当にバラバラだぞ」
「一つの伝承を追っていたわけではなさそうですね」
凪も資料を見比べる。
「じゃあ何で、これ全部見てたんだ?」
辰野の問いに、誰も答えられなかった。
その時、資料室の扉が開いた。
「失礼します」
秋山だった。
「あ、秋山さん」
「皆さん、お揃いで」
「ちょっと調べものです」
鼎が答える。
「秋山さんは?」
「私もです。少し、昔の記録を」
秋山はそれだけ言うと、一人で棚へ向かった。
*
「駄目ね」
しばらくして、朝日が腕を組んだ。
「何にも出てこない」
「場所も年代も、伝承も違う」
鼎も資料を置く。
「五和さん、何を探してたんだろ」
美羽が呟く。
「一つ、よろしいですか」
秋山だった。
皆が振り向く。
「先ほどから、皆さんは共通するものを探しているようですが」
「そうだけど」
朝日が答える。
「なぜです?」
鼎が眉を寄せる。
「五和さんがまとめて見てた資料だからです」
「なるほど」
秋山は頷いた。
「ですが、同じ日に確認していたからといって、共通するものを探していたとは限らないのでは?」
「どういうことです?」
「似ているものを並べることもあれば」
一拍。
「違いを確かめるために並べることもあります」
部屋が静かになった。
鼎は、もう一度机を見る。
場所。
年代。
伝承。
観測した人間。
残された記録。
確かに、どれも違う。
「……違うから見てた?」
辰野が呟く。
「分かりません」
秋山は静かに答えた。
「私は、神原さんが何を考えていたのか知りませんから」
そして、机の資料を見る。
「ただ、共通点が見つからないのであれば、見方を変えてみてもよいのではないかと」
朝日が一冊を取り直した。
「天草」
「はい」
「もう一回見るよ」
「何を基準にしますか?」
「決めない」
朝日は答えた。
「まず、何が違うのか見る」
鼎も、もう一度報告書を開いた。
答えを探すのではなく。
そこに残っているものを見る。
「……五和さん」
昨夜ここで、何を見つけた。
*
少し離れた棚で、秋山は一冊の古い観測記録へ手を伸ばした。
抜き出しかけて、止まる。
背表紙を見る。
そこに記された年代。
「……」
秋山の指が、僅かに止まった。




