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Marbling 現実と伝承が交わる、その先へ。  作者: 赤足
第五章 境界線編

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51 違い

 夜。


 公民館のほとんどの部屋は、すでに明かりが消えていた。


 その中で、一つだけ灯りの残る部屋がある。


 資料室。


 五和は一人、机に向かっていた。


 古い観測記録。


 調査報告。


 写真。


 年代も、場所も、伝承も違う。


 五和は一枚ずつ目を通していく。


 ある記録では、同じ場所にいた二人の証言が食い違っている。


 別の記録では、現地で見たものと写真に残ったものが一致していない。


 さらに別の記録。


 五和の手が止まった。


 しばらく見つめたあと、机の端に置かれた一枚の写真へ視線を移す。


 千永花。


 黄色い花が、二輪。


「……」


 五和は古い記録と写真を並べた。


 何も書き留めない。


 ただ、見比べる。


 やがて資料を閉じた。


 資料室の明かりが消えた。


     *


 翌朝。


「珍しいね」


 美羽が言った。


「何が?」


「この四人でいるの」


 同じ机を囲んでいるのは、鼎、辰野、葵、美羽。


「ああ。最近バラバラだったもんな」


 辰野が言う。


「最初の頃みたい」


「何も分かってなかった頃?」


「今もそんなに分かってないけど」


 葵だった。


「それ言う?」


 鼎が苦笑する。


 久しぶりに四人が揃った。


 いつもの朝。


 ただ、一人だけ姿がなかった。


     *


「……出ませんね」


 凪が携帯を下ろした。


「誰に?」


「神原さんです」


「五和さん?」


 鼎が周囲を見る。


 そういえば、朝から一度も見ていない。


「昨日は?」


「夜までは確認されています。最後の利用記録は資料室です」


「その後は?」


「確認できていません。連絡もありません」


 鼎の中に、小さな引っ掛かりが生まれた。


 連絡がない。


 行き先も分からない。


 突然、いなくなる。


 父親の時と、少しだけ似ていた。


「一人で調査に行ったとか?」


 美羽が尋ねる。


「神原さんは単独行動を認められています。ただ、連絡がない以上、それも確認できません」


 鼎は資料室を見る。


「昨日、何してたか調べません?」


 凪が頷いた。


「そうしましょう」


     *


 しばらくして、机の上は資料で埋まっていた。


 古い観測記録。


 写真。


 手書きの報告書。


「五和さん、これ全部見たの?」


「利用記録上は」


 凪が答える。


 鼎も一冊を開いた。


 場所が違う。


 年代も違う。


 伝承の内容も違う。


 山。


 湖。


 集落。


 道。


 何かを見た記録もあれば、何も見なかった記録もある。


 写真が残っているもの。


 証言しか残っていないもの。


「……分からん」


 鼎が顔を上げた。


「早い」


 葵が言う。


「いや、本当にバラバラだぞ」


「一つの伝承を追っていたわけではなさそうですね」


 凪も資料を見比べる。


「じゃあ何で、これ全部見てたんだ?」


 辰野の問いに、誰も答えられなかった。


 その時、資料室の扉が開いた。


「失礼します」


 秋山だった。


「あ、秋山さん」


「皆さん、お揃いで」


「ちょっと調べものです」


 鼎が答える。


「秋山さんは?」


「私もです。少し、昔の記録を」


 秋山はそれだけ言うと、一人で棚へ向かった。


     *


「駄目ね」


 しばらくして、朝日が腕を組んだ。


「何にも出てこない」


「場所も年代も、伝承も違う」


 鼎も資料を置く。


「五和さん、何を探してたんだろ」


 美羽が呟く。


「一つ、よろしいですか」


 秋山だった。


 皆が振り向く。


「先ほどから、皆さんは共通するものを探しているようですが」


「そうだけど」


 朝日が答える。


「なぜです?」


 鼎が眉を寄せる。


「五和さんがまとめて見てた資料だからです」


「なるほど」


 秋山は頷いた。


「ですが、同じ日に確認していたからといって、共通するものを探していたとは限らないのでは?」


「どういうことです?」


「似ているものを並べることもあれば」


 一拍。


「違いを確かめるために並べることもあります」


 部屋が静かになった。


 鼎は、もう一度机を見る。


 場所。


 年代。


 伝承。


 観測した人間。


 残された記録。


 確かに、どれも違う。


「……違うから見てた?」


 辰野が呟く。


「分かりません」


 秋山は静かに答えた。


「私は、神原さんが何を考えていたのか知りませんから」


 そして、机の資料を見る。


「ただ、共通点が見つからないのであれば、見方を変えてみてもよいのではないかと」


 朝日が一冊を取り直した。


「天草」


「はい」


「もう一回見るよ」


「何を基準にしますか?」


「決めない」


 朝日は答えた。


「まず、何が違うのか見る」


 鼎も、もう一度報告書を開いた。


 答えを探すのではなく。


 そこに残っているものを見る。


「……五和さん」


 昨夜ここで、何を見つけた。


     *


 少し離れた棚で、秋山は一冊の古い観測記録へ手を伸ばした。


 抜き出しかけて、止まる。


 背表紙を見る。


 そこに記された年代。


「……」


 秋山の指が、僅かに止まった。

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