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Marbling 現実と伝承が交わる、その先へ。  作者: 赤足
第四章 伝承編 千永花

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50 千永の先へ

翌朝。


 四人は、もう一度山へ向かった。


 昨日、千永花が咲いた場所。


 わずかな時間だけ、四人にそれぞれ違う姿を見せた花。


 だが。


「……ない」


 葵が足を止めた。


「何が?」


「道」


 鼎も周囲を見る。


 昨日は確かにあった。


 木々の間を抜け、あの場所へ続いていた細い道。


 それがない。


「場所、間違えてない?」


「合ってる」


「確認は?」


「した!」


「便利だろ、確認」


「今それ言う?」


 凪が位置を確認する。


「記録上、この付近で間違いありません」


「じゃあ、道が消えた?」


 鼎はそう言ってから、もう一度木々の奥を見る。


「……いや」


「何?」


「消えたって決まったわけじゃないか」


 葵も木々の奥を見る。


「じゃあ、何なの?」


「分からん」


「そこは分かんないんだ」


「分からないものは仕方ないだろ」


 昨日までなら、見えたものからすぐに答えを作ろうとしていた。


 けれど。


 見えたことと、分かったことは同じではない。


     *


 四人は周囲を調べた。


 昨日歩いた道。


 声が残っていた場所。


 千永花が咲いた空間。


 どれも見つからない。


 声も聞こえず、風が木々を揺らしているだけだった。


「……終わったのかな」


 鼎が呟く。


「何がだ」


 五和が聞く。


 鼎は少し考えた。


「……分かりません」


「なら、それでいい」


 五和は歩き出した。


「戻るぞ」


 葵だけが、少しの間山を見ていた。


 祖母が歩いた場所。


 自分が花を見た場所。


 今はもう、どちらへ続く道も見えない。


 葵は祖母のファイルを抱え直し、三人の後を追った。


     *


 公民館へ戻ったのは夕方だった。


 山の端へ日が傾き、田畑の向こうへ伸びた影が少しずつ長くなっている。


 机の上には、今回の調査記録が並べられていた。


 石碑。


 集落跡。


 人々の声。


 境界。


 そして、千永花。


 凪が四枚の観測記録を並べる。


 白。


 青。


 赤。


 黄色。


 形も大きさも違う。


 同じ場所。


 同じ時間。


 同じ一輪。


 それでも、四人は違う花を見た。


「結局」


 鼎が記録を見比べる。


「どれが本物だったんでしょうね」


「分かりません」


 凪が答える。


「やっぱり」


「ただ」


 凪は四枚の記録を見る。


「違って見えたという事実は残せます」


「これ、全部残すんですか?」


「はい」


 葵が顔を上げた。


「バラバラなのに?」


「だからです」


 葵は四枚の記録を見る。


 昔、祖母の部屋にもこんなふうに違う姿の花が並んでいた。


 ――だって、全然違うじゃん。


 ――どれが本物なの?


 あの頃は、本物を見つければ全部分かると思っていた。


 けれど今は、違って見えたことそのものを残す意味が少しだけ分かる。


「……そっか」


「何?」


 鼎が尋ねる。


「何でもない」


「またそれ?」


「いいでしょ」


 葵は少し笑った。


     *


 調査記録の整理が終わる。


 葵は自分の観測記録を見る。


 赤い千永花。


 ペンを取った。


「松本」


 扉から鼎が顔を出す。


「帰るぞ」


「今行く」


 葵は記録へ視線を戻した。


 希望とも、奇跡とも、不吉とも書かなかった。


 何を意味する花だったのかも決めなかった。


 ただ、自分が見たものだけを残す。


 ――私は、赤い花を見た。


 葵はペンを置いた。


 祖母のファイルを抱え、部屋を出た。


     *


 その夜。


 鼎は自分の部屋にいた。


 机の上には、父親のノートが置かれている。


 何となくページを開く。


 何度も見た文字。


 ――境界は、存在する。


 鼎はしばらく、その文字を見ていた。


「……親父は」


 何を残したんだ。


 答えはない。


 鼎はノートを閉じた。


 その時、机の上のスマートフォンが震えた。


 アカライから、今回の調査記録が届いている。


 鼎は何となく開いた。


 昨日、千永花を撮影した写真。


 一輪。


 淡い黄色。


 自分が見た花だった。


「……」


 画面を拡大する。


 花弁。


 茎。


 周囲の草。


 何もおかしくない。


 画面を閉じようとして。


 指が止まった。


「……え?」


 もう一度、拡大する。


 黄色い千永花。


 その横。


 少し離れた草の間。


 何かがある。


 鼎は眼鏡を直した。


「……」


 一輪。


 もう一つ。


 同じ花が咲いている。


「……二輪?」


 撮影した時。


 あそこには一輪しかなかった。


 はずだった。


 鼎は別の写真を開く。


 同じ場所。


 同じ時間。


 一輪。


 次。


 一輪。


 そして。


 自分が撮った写真。


 二輪。


「……なんだよ、これ」


 画面の中。


 二つの千永花が並んでいた。

千永花編長い間お付き合い頂き

ありがとうございました。


次回、第五章最終章【境界線編】となります。


※千永花編の完結記念として、活動報告に「千永花観光マップ」「調査資料」「キャラクター設定資料」などを公開しています。興味のある方はぜひ。




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