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Marbling 現実と伝承が交わる、その先へ。  作者: 赤足
第四章 伝承編 千永花

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43 黒い夢

 公民館の窓から、夕暮れの光が差し込んでいた。


 机の上には、千永花に関する資料が広げられている。


 どれも千永花として残されたもの。


 けれど、その姿はどれ一つとして同じではない。


 鼎は一枚の紙を持ち上げた。


「これ、本当に同じ花なのか?」


「だから、それも含めて調べるんでしょ」


 向かいに座る葵が答える。


「いや、そうなんだけどさ。全部違うなら、最初から別の花だったって方が自然じゃないか? それか、同じ名前だけ後から付いたとか……」


「かもしれない」


「意外とあっさり認めるんだな」


「本物を見てないんだから、分からないでしょ」


 鼎はもう一度、絵を見比べた。


「……でも、全部一輪なんだよな」


「何?」


「いや」


 鼎は紙を机へ戻した。


「じゃあ、現地に行って何もなかったら?」


「探す」


「即答だな」


「そのために行くんだから」


 葵は資料へ目を落とした。


「ここで考えてても、千永花は見つからないでしょ」


「だからって、現地行けば何でも解決するみたいな――」


「千曲」


「ん?」


「聞いてる?」


「聞いてるよ」


「じゃあ今、私なんて言った?」


「なんで急にテスト始まるんだよ」


 葵が呆れたように息を吐いた。


「もういい」


「なんなんだよ……」


 五和は少し離れたところで資料を読んでいる。


 凪は何も言わず、記録をまとめていた。


 いつもの公民館。


 いつものアカライ。


 特に変わったことはない。


 鼎は手にしていた紙へ、もう一度目を落とした。


 姿は違う。


 それでも。


 残された絵には、それぞれ一輪の花が描かれている。


     *


「じゃあ、明日の朝に出る」


 五和が資料を閉じた。


「早いな」


「現地まで時間がかかる。泊まりになる」


「準備しておけ」


 鼎は頷いた。


 葵はすでに立ち上がっている。


「松本さん、もう帰るの?」


「準備するから」


「まだ話終わってないだろ」


「終わったでしょ」


「五和さん今から――」


「千曲」


「ん?」


「聞いてる?」


「聞いてるよ」


「じゃあ今、私なんて言った?」


「なんで急にテスト始まるんだよ」


 葵が呆れたように息を吐いた。


「もういい」


「なんなんだよ……」


 鼎は資料へ目を戻した。


 一輪の花。


 紙の中では、確かに一つだった。


 ――。


 何か。


 引っ掛かった。


「……あれ?」


 鼎は顔を上げる。


 葵がいない。


 五和も。


 凪も。


 公民館の中には、誰もいなかった。


 机の上には資料だけが残っている。


「……え?」


 窓の外を見る。


 暗い。


 さっきまで夕暮れだったはずなのに。


 いや。


 さっき?


 鼎は椅子から立ち上がった。


 何かがおかしい。


 何がおかしいのかが、分からない。


 ただ。


 今の会話を。


 自分は――


     *


 目を開けた。


「……」


 天井。


 自分の部屋だった。


 鼎はしばらく動かなかった。


 カーテンの隙間から、朝の光が差し込んでいる。


「……夢?」


 身体を起こす。


 頭が重い。


 夢の内容を思い出そうとする。


 公民館。


 千永花。


 葵。


 五和。


 凪。


 それから――


「……なんだっけ」


 何かがおかしかった。


 その感覚だけが残っている。


 鼎は枕元の眼鏡を取り、かける。


 いつもの部屋。


 何も変わっていない。


「変な夢……」


 そう呟いて、時計を見る。


「……やば」


 集合時間。


 鼎は布団を跳ね除けた。


     *


「遅い!」


 公民館へ入った瞬間だった。


「朝一番にそれ?」


「集合時間何時だと思ってんのよ」


 葵が腕を組んで立っている。


「間に合ってるだろ」


「三分前!」


「間に合ってるじゃん」


「普通もっと余裕持って来るでしょ!」


「三分あれば十分だろ!」


「どこがよ!」


「朝から元気ですね」


 凪が静かに言った。


 二人とも黙る。


 五和は荷物を持ち上げた。


「行くぞ」


「はい」


 鼎は自分の鞄を肩へ掛ける。


「ほら千曲、早く」


「今来たばっかりなんだけど」


「だから遅いって言ってんの」


 葵が先に外へ出ていく。


 鼎もその後を追おうとして。


 ふと。


 机の上へ目を向けた。


 昨日見ていた千永花の資料が置かれている。


 一枚の古い絵。


 一輪の花。


「……」


 なぜか。


 足が止まった。


 何かが気になる。


 けれど。


 何が気になるのか、自分でも分からない。


「千曲?」


 外から葵の声がする。


「今行く!」


 鼎は資料から目を離した。


 昨夜の夢など、もうほとんど頭から消えている。


 それでも。


 あの一輪の花だけが。


 なぜか少しだけ、頭に残っていた。


 鼎は何もなかったように、公民館を出た。

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