42 違う花
「千永花」
五和が資料を手に取った。
公民館の一室。
鼎と葵の向かいには、五和と凪が座っている。
机の上には、今回の調査に関する資料が広げられていた。
「聞いたことはあるか?」
「ないです」
鼎が答える。
「松本は?」
「ある」
即答だった。
鼎が隣を見る。
「あるの?」
「あるって言ったでしょ」
「いや、聞いただけだろ」
「聞こえたなら二回聞かないで」
「千曲さん」
凪が静かに口を挟んだ。
「話を進めても?」
「……はい」
五和が資料を一枚めくる。
「千永花について残っている記録は古い。正確な起源は分かってない」
机の上へ、数枚の資料が並べられた。
古い絵。
写し取られた挿絵。
比較的新しい時代に残された記録。
そこには、それぞれ一輪の花が描かれている。
「人々の希望が集うとき、千永花は咲く」
鼎が記された言葉を読む。
「そう伝わっています」
凪が続けた。
「ただし、いつからこの言葉や名称が使われているのかは確認できていません」
鼎は花の絵を見比べた。
一つは大きく花弁を開き。
一つは細長い。
一つは小さく、地面へ垂れるように咲いている。
同じ名前が記されているのに、同じ花には見えなかった。
「これ……全部、千永花なんですよね?」
「ああ」
「だったら途中で伝わり方が変わったのか……それとも、別の花を同じものだと思って――」
「千曲さん」
「はい」
「まだ説明の途中です」
「……すみません」
葵が小さく笑った。
凪が資料を揃える。
「これまでは、長い年月の中で伝承が変化した結果ではないかとも考えられていました」
「やっぱり」
鼎が頷く。
葵は何も言わず、並べられた花を見ていた。
幼い頃。
祖母の机にも、同じように違う姿の花が並んでいた。
「だったら」
葵が顔を上げる。
「今回、なんでこれを調べるの?」
五和を見る目は真っ直ぐだった。
「何かあったんでしょ」
「あった」
「何?」
「花が見つかったわけじゃない」
葵の表情がわずかに曇る。
「……じゃあ何よ」
「手掛かりだ」
五和が一枚の資料を机の中央へ置いた。
ある山間の土地について記されたものだった。
「この土地には、千永花との関連を疑わせる記録がいくつか残っている」
葵の視線がすぐにその資料へ落ちる。
「場所は?」
「現地で確かめる」
「本当に千永花があるの?」
「分からん」
「またそれ?」
「分からんものを調べるのが俺たちだ」
葵の指が止まった。
――分からないから、調べてるんだよ。
遠い日の祖母の声が蘇る。
同じ言葉だった。
言い方も。
声も。
全然違うのに。
「……行く」
葵が言った。
「この調査、私も行く」
「最初からその予定だ」
五和が答える。
「……先に言ってよ」
「聞かなかっただろ」
「腹立つ」
鼎が吹き出した。
「何笑ってんの」
「いや、別に」
「二人とも」
凪の声で、鼎は口を閉じた。
葵はもう一度、資料を見る。
千永花が見つかったわけではない。
本当にそこにあるのかも分からない。
祖母も。
最後まで、その姿を見ることはなかった。
それでも。
今度こそ。
自分の目で確かめる。




