選択
五和「選べ。」
鼎「待て!」
五和「何だ。」
鼎
「君は重大な勘違いをしている!」
五和
「……。」
鼎
「人間という生き物には順序というものがある!」
「状況説明!」
「情報整理!」
「現状把握!」
「そして覚悟!」
「これらを経て初めて『選択』という行為は成立する!」
「それを全部飛ばして『選べ』とは何事だ!」
五和
「長い。」
鼎
「まだ前置きだ!」
五和
「要点。」
鼎
「説明不足だ!」
五和
「最初からそう言え。」
鼎
「今ので十分要約したつもりなんだ!」
鼎は一度咳払いをし、眼鏡を押し上げる。
鼎
「いや、普通こういう展開ってさ。」
「映画とか漫画とかなら分かるんだよ。」
「赤い薬と青い薬を選べ、みたいなやつ。」
五和
「薬?」
鼎
「そこからかよ。」
五和
「何の話だ。」
鼎
「……いや、いい。」
「つまりだ。」
「俺は今、物語の主人公っぽい選択を迫られているわけだ。」
「突然現れた謎の男。」
「失踪した父親。」
「誰も知らない境界。」
「隠された真実。」
「ここまで来たら様式美なんだよ。」
「こういう場面には説明役がいて!」
「主人公は十分くらい葛藤して!」
「観客も心の準備を済ませて!」
「それから選択する!」
「それが物語というものだ!」
五和
「主人公?」
鼎
「そう!」
「選ばれた者だけが進める道!」
「隠された真実への旅!」
「失踪した父親の謎!」
「完璧な導入じゃないか!」
五和
「違う。」
鼎
「まだ最後まで言ってないだろ!」
五和
「君は選ばれたわけではない。」
鼎
「……。」
五和
「君が来ただけだ。」
鼎
「夢のないこと言うなよ!」
五和
「現実だ。」
鼎
「だからその現実にも、もう少し演出ってものが――」
五和
「時間がない。」
鼎
「だからその『時間がない』を説明しろって言ってるんだ!」
五和
「説明はした。」
鼎
「してない!」
五和
「した。」
鼎
「してない!」
五和
「した。」
鼎は眼鏡を外し、こめかみを押さえる。
深呼吸。
……沈黙。
そして。
鼎
「────きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「だからぁぁぁぁ!!」
「説明という文化を軽視するなぁぁぁぁ!!」
「俺だけ会話のルールが違うじゃないかぁぁぁぁ!!」
森の静寂を破るように、鳥たちが一斉に飛び立った。
再び静寂が戻る。
五和
「……落ち着いたか。」
鼎
「……少し。」
五和は鼎を真っ直ぐ見つめる。
五和
「怖いなら、怖いと言えばいい。」
「説明を求めるのは悪くない。」
「だが、ここから先は説明だけでは進めない。」
一拍置いて、静かに告げる。
五和
「……選べ。」
鼎は長く息を吐く。
眼鏡を掛け直す。
先ほどまでの軽口はもうない。
ゆっくりと前を見る。
鼎
「……行く。」
五和は何も言わない。
ただ一歩、境界へ足を踏み入れる。
鼎も続く。
その瞬間――
風が止んだ。
鳥の声が消える。
空気が変わる。
鼎は思わず立ち止まる。
「……何だ、これ。」
五和は振り返らない。
「ここから先が、境界だ。」
今回も読んでいただきありがとうございます。
楽しんでいただけたら幸いです。




