↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Marbling 現実と伝承が交わる、その先へ。  作者: 赤足
第三章 伝承編 忘レ乃里

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/68

32 残ったもの

翌朝。


 四人を乗せた車は、N県○○村へ向かっていた。


 市街地を抜けると、道は次第に細くなっていく。片側には山の斜面が迫り、反対側には深い谷が続いていた。その底を、細い川が山道に寄り添うように流れている。


 窓の外は、どこを見ても深い緑だった。


「辰野」


 運転席の五和が口を開く。


「はい」


「村へ入ったら、お前の記憶は当てにするな」


 車内が静かになった。


 鼎が思わず前を見る。


「どういうことです?」


 五和は前だけを見たまま答える。


「記憶は観測じゃない」


 それだけだった。


 辰野も聞き返さず、小さく息を吐いた。


 昨日、古い地図を見た時の引っ掛かりが蘇る。


 途中までは知っていた。


 その先だけが、どうしても記憶にない。


 昔の地図なのだから、今とは違っていて当然なのかもしれない。


 それでも、何かが胸に残っていた。


     *


 やがて、前方に古い橋が見えてきた。


「あ……」


 辰野が小さく声を漏らす。


「この橋……」


「知ってるのか?」


「知ってる」


 少しだけ表情が緩んだ。


「親父と何度も通った」


 釣りへ行く時。


 親戚の家へ向かう時。


 子どもの頃から何度も渡った橋だった。


 辰野は懐かしそうに窓の外を眺める。


 その視線が、不意に止まった。


「……あれ」


「どうした?」


 鼎も視線を追う。


 橋の向こう。


 村のさらに奥。


 山の木々に紛れるように、古びた石の鳥居が見えていた。


 遠く、小さい。


 それでも、確かにそこに立っている。


「鳥居なんて……あったか?」


「覚えてない?」


「いや」


 辰野は首を振った。


「この橋は何回も渡ってる。でも、あんな鳥居を見た記憶がない」


 朝日は資料を開き、現在の地図へ目を落とした。


「あるわね」


「昔から?」


 今度は古い地図を確認する。


「少なくとも、この地図には載ってる」


 辰野はもう一度、山の奥を見る。


 そこにあること自体は、不自然には見えない。


 むしろ、昔からずっとそこに立っていたようにさえ見える。


 だからこそ。


 記憶にないことが引っ掛かった。


     *


 車は橋を渡った。


 辰野は窓の外を見続けている。


 山も。


 道も。


 見覚えがある。


 それなのに、橋を越えたあたりから、どこか知らない場所へ入っていくような感覚があった。


 懐かしい。


 でも。


 何かが違う。


 その二つが、うまく重ならなかった。


     *


 村へ入った。


 山の斜面に沿って古い家々が点在し、わずかな平地には畑が広がっている。その脇を細い水路が流れ、背後にはすぐそこまで山が迫っていた。


 景色そのものは穏やかだった。


 辰野の記憶にある村と、大きく違うわけでもない。


 田んぼの位置。


 山の形。


 道の曲がり方。


 どれも知っている。


 それでも、どこか一つずつ噛み合っていないように感じる。


 鼎が窓の外を見た。


「……人がいませんね」


 朝だった。


 畑はある。


 洗濯物も干されている。


 軽トラックも停まっている。


 人が暮らしている痕跡は、そこかしこにある。


 なのに、誰の姿も見えなかった。


「留守なんですかね」


 誰も答えなかった。


 五和だけが静かに車を走らせる。


 辰野は一軒の家へ目を向けた。


 見覚えがあるような気がする。


 けれど、誰の家だったのかは思い出せない。


 そのことが、妙に胸へ引っ掛かった。


     *


 車は村の公民館の前で止まった。


 エンジンが切れる。


 その瞬間。


 子どもたちの笑い声が聞こえた。


「……」


 鼎が反射的に振り返る。


 誰もいない。


 辰野も同じ方向を見ていた。


「聞こえた?」


「……ああ」


 辰野は誰もいない田んぼ道を見つめる。


 ほんの一瞬。


 子どもの頃の景色が浮かんだ。


 友達と笑いながら自転車を走らせ、夕方まで遊んだ。


 家へ帰る頃には、服が泥だらけになっていた。


 ただの昔の記憶。


 なのに、今の笑い声と重なった瞬間、胸の奥がざわついた。


「辰野?」


 鼎が声を掛ける。


「……いや」


 辰野は小さく首を振った。


「何でもない」


 朝日は声のした方向をしばらく見ていた。


「今は、笑い声が聞こえた。それだけ記録して」


「それだけ?」


「誰の声かも、どうして聞こえたのかも分からないでしょう」


 鼎は口を閉じた。


 朝日はもう一度、誰もいない田んぼ道を見る。


「分からないところまで、勝手に埋めない」


「……はい」


 五和が荷物を肩へ掛けた。


「行くぞ」


 四人は車を降りた。


 鼎は山の方へ目を向ける。


 木々の隙間から、先ほど橋の上で見えた鳥居が遠くに覗いていた。


 辰野も同じ場所を見ている。


 その表情には、懐かしさとも不安ともつかないものが浮かんでいた。


 五和は振り返らずに言った。


「観測を始める」


 その一言で。


 四人は、村の中へ足を踏み入れた。

今回も読んでくださり、ありがとうございました。

次回更新は25日0時予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。