27 共鳴
遊覧船は静かに霧の中を進み続けていた。
白い景色は、どこまで行っても変わらない。
湖面は穏やかだった。
それなのに。
空気だけが少しずつ重くなっていく。
鼎は無意識に周囲を見回した。
誰も騒いでいない。
観光客たちは霧を眺めながら写真を撮り合っている。
見えている景色は、きっと同じはずだった。
それでも。
自分たちだけが、違う場所へ迷い込んでしまったような感覚があった。
「……。」
美羽が胸元を押さえる。
呼吸が少し浅い。
「美羽?」
鼎が声を掛ける。
美羽は返事をしない。
ただ、霧の奥だけを見つめていた。
その時だった。
湖面の下。
遊覧船と並ぶように、黒い影がゆっくりと現れる。
長い。
静かに。
音も立てず。
船の速度に合わせるように泳いでいる。
「……!」
鼎は息を呑んだ。
影は近付いている。
少しずつ。
ゆっくりと。
その距離が縮まるにつれて。
「っ……!」
美羽が苦しそうに顔をしかめた。
頭を押さえ、その場へ膝をつく。
「美羽!」
鼎が駆け寄る。
美羽の瞳は霧の向こうを見ていた。
「思い……出した……。」
震える声だった。
「お父さんと……。」
「お母さんと……。」
「この船に……。」
言葉が途切れる。
その瞬間。
黒い影がさらに船へ近付く。
「……っ!」
美羽は苦しそうに息を呑んだ。
「霧が……。」
「急に……。」
「そのあと……。」
頭の中へ景色が流れ込む。
幼い自分。
両親の声。
白い霧。
静まり返った湖。
そして――
そこで記憶は途切れた。
「いや……。」
美羽は首を横へ振る。
「そこだけ……。」
「思い出せない……。」
凪は静かにその様子を書き留める。
五和は黒い影から目を離さず、小さく呟いた。
「……共鳴している。」
鼎が振り向く。
「共鳴?」
「境界と交わった者は。」
「再びその境界へ近付くと、響き合うことがある。」
それだけだった。
鼎はもう一度、美羽を見る。
そして湖を見る。
黒い影は、なおも遊覧船へ寄り添うように泳いでいる。
美羽が記憶を取り戻すたびに。
その距離だけが、少しずつ縮まっていた。
何がそうさせているのか。
その姿からは、何も読み取れない。
それでも。
底知れない畏れだけが、静かに胸の奥へ広がっていった。
今回も読んでくださり、ありがとうございます。
次回更新は15日17時予定です。




