↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Marbling 現実と伝承が交わる、その先へ。  作者: 赤足
第二章 伝承編 野霧湖

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/68

25 影

白い霧は、なおも湖を包み込んでいた。


 遊覧船は速度を落としたまま、静かに進み続ける。


 船内では観光客たちが景色を眺めながら談笑していた。


「今日は霧が幻想的ですね。」


「こんなの初めて見た。」


 笑い声が聞こえる。


 その声が、どこか遠かった。


 鼎は手すりへ手を掛けたまま、湖面を見つめていた。


 何も見えない。


 それでも目を離せない。


 美羽は隣で静かに息を整えている。


 五和と凪は霧の向こうを観測し続けていた。


 その時だった。


 船体が、ごく僅かに揺れる。


「……?」


 鼎は足元を見る。


 波ではない。


 何かが船の下を通ったような感覚だった。


 思わず身を乗り出す。


 白い霧の隙間。


 その奥。


 遊覧船の真下を。


 黒い影が、ゆっくりと横切った。


「――っ!」


 息を呑む。


 長い。


 どこまで続いているのか分からない。


 魚ではない。


 流木でもない。


 ただ静かに。


 音も立てず。


 湖の底を滑るように進んでいく。


 次の瞬間。


 影は霧の下へ溶けるように消えた。


「今の……。」


 鼎が呟く。


 五和は視線を逸らさず、小さく頷いた。


「ああ。」


「お前も見たか。」


 凪はすぐに記録帳を開く。


『黒色影、一瞬確認。』


『形状、不明。』


『観測者二名以上、視認。』


 美羽は震える声で呟いた。


「やっぱり……。」


「あの時も。」


「いた。」


 鼎は美羽を見る。


 その表情に嘘はなかった。


 船長は前を見たまま首を傾げる。


「今日は魚も見えませんね。」


 乗務員が笑う。


「霧のせいじゃないですか?」


「そうかもしれないな。」


 二人は何事もなかったように会話を続ける。


 鼎はゆっくりと一般客たちを見渡した。


 誰一人として。


 今の黒い影を見た様子はない。


 五和が静かに口を開く。


「境界を体験していない者には。」


「見えない。」


 短い一言だった。


 だが、その意味は重かった。


 鼎は再び湖面を見る。


 そこには、もう何もない。


 それでも。


 この船の真下を、今も何かが泳いでいる。


 そんな確信だけが、胸の奥へ静かに残っていた。

読んでくださり、ありがとうございます。

次回更新は14日17時予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。