24 狭間
白い霧は、ゆっくりと湖面を覆っていった。
遊覧船は速度を落としながら、その中を静かに進んでいく。
さっきまで聞こえていた観光客たちの笑い声も、どこか遠く感じられた。
鼎は辺りを見渡す。
何も変わっていない。
それなのに。
何かが違う。
「……静かですね。」
誰に言うでもなく呟く。
返事はない。
五和は霧の向こうを見つめたまま動かない。
凪は記録帳へ静かに書き続けていた。
美羽はまだ座り込んだまま、呼吸を整えている。
「少しは落ち着いたか。」
五和が尋ねる。
美羽は小さく頷いた。
「……はい。」
「でも。」
「まだ、頭の奥が変なんです。」
五和はそれ以上聞かなかった。
鼎は霧へ目を向ける。
白い。
ただ白いだけだ。
それなのに。
その奥から、誰かに見られているような気がした。
思わず目を逸らす。
その瞬間。
「……あれ。」
湖面へ視線を戻す。
何もない。
気のせいだったのか。
いや。
そう思った時には、もう確信が持てなくなっていた。
船長が操縦席から首をかしげる。
「おかしいな……。」
計器を見直す。
前方を見る。
また計器を見る。
「どうかしましたか?」
乗務員が尋ねる。
「いや。」
「そろそろ霧を抜ける頃なんだけどな。」
その言葉に、鼎は五和を見る。
五和は静かに答えた。
「気にするな。」
だが、その目は鋭い。
凪は湖面へ双眼鏡を向けながら、小さく記録する。
『霧、継続。』
『風、無し。』
『視界、不変。』
ペン先が止まる。
そして、もう一行だけ書き加えた。
『境界、継続観測。』
鼎は、その文字を見てしまった。
「境界……。」
思わず声が漏れる。
凪は記録帳を閉じた。
「ええ。」
「現在、私たちは境界を観測しています。」
鼎は霧の向こうを見つめる。
何も見えない。
それでも。
もう元の湖ではないことだけは分かった。
その時。
どこからともなく。
水面を叩くような、小さな音が響いた。
――ちゃぷん。
誰も動かない。
いや。
動けなかった。
音は、一度だけだった。
今回も読んでくださり、ありがとうございます。
次回更新日は14日0時予定です。




