↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Marbling 現実と伝承が交わる、その先へ。  作者: 赤足
第二章 伝承編 野霧湖

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/68

22 湖上

 遊覧船がゆっくりと岸を離れる。


 小さな波を立てながら、船は野霧湖の中央へ向かって進み始めた。


 デッキへ出ると、心地よい風が頬を撫でる。


 湖面は青く澄み、周囲の山々が静かに映り込んでいた。


「気持ちいいな。」


 鼎は手すりへ寄りかかる。


 ゆっくりと息を吸い込む。


 湖の匂い。


 船底を叩く小さな波の音。


 遠くで鳴き続ける蝉の声。


 頬を撫でる風は、街で感じる風とは少し違っていた。


 目の前には、何十年も変わらずそこにある景色が広がっている。


 思わず笑みがこぼれた。


 美羽はその様子を見て苦笑する。


「そんなに嬉しい?」


「嬉しい。」


 鼎は即答した。


 しばらく湖を眺めたあと、小さく呟く。


「……やっぱり来てよかった。」


「そんなに?」


「うん。」


「写真じゃ分からないことって、やっぱりある。」


 美羽は湖へ目を向ける。


「ほんと楽しそう。」


「そう見える?」


「子どもみたい。」


 鼎は少し照れくさそうに笑った。


「否定はできないな。」


 五和は二人のやり取りを聞きながら湖面を見つめていた。


 凪は記録帳へ静かにペンを走らせる。


 時刻。


 風向。


 気温。


 雲量。


 湖面の状態。


 一つひとつを丁寧に書き留めていく。


 観光客たちは景色を眺めたり、写真を撮ったりしていた。


 その様子を見ていると、とても未確認生物の目撃情報があった湖には思えない。


 その時だった。


「皆さん、右手をご覧ください。」


 船内放送が流れる。


 船長がマイクを持ち、湖の中央を指差した。


「あちらが、この野霧湖で最も深い場所になります。」


「昔から、この辺りでは大きな影を見たという話が残っています。」


 船内に小さなどよめきが広がる。


 子どもたちが身を乗り出し、大人たちも笑いながら湖を見つめる。


「もちろん、本当にいるかどうかは分かりません。」


「でも、この湖へ来たら一度は聞く話ですね。」


 鼎は興味深そうに湖を見つめる。


 五和が短く言う。


「静かにしろ。」


 その声色は、いつもと少し違っていた。


 鼎は表情を引き締める。


 凪も顔を上げる。


 二人の視線は同じ一点へ向けられている。


 湖面だった。


 風は吹いている。


 それなのに。


 一か所だけ、水面が不自然に揺れていた。


 波紋とも違う。


 魚が跳ねたようにも見えない。


 細く。


 長く。


 何かが水の下を滑っているようだった。


 鼎は目を凝らす。


「……魚ですかね。」


 五和は答えない。


 凪は静かに双眼鏡を取り出した。


 しばらく湖面を見つめる。


 やがて双眼鏡を下ろし、小さく記録帳へ何かを書き込んだ。


「凪さん。」


 鼎が声を掛ける。


「何か見えましたか?」


 凪は首を横へ振る。


「分かりません。」


「ですが。」


「記録します。」


 それだけだった。


 五和も湖面から目を離さない。


「まだ決めつけるな。」


「観測を続ける。」


 その言葉を聞いた鼎は、もう一度湖を見つめた。


 さっきまであった波は、もう消えている。


 風だけが静かに湖面を撫でていた。


 その時。


 隣で景色を眺めていた美羽の表情が固まる。


「……え。」


 小さな声だった。


 鼎が振り向く。


「どうした?」


 美羽は湖の一点を見つめたまま、ゆっくりと呟いた。


「ここ……。」


 息を呑む。


「ここだった……。」


 しばらく湖面を見つめたまま、小さく続ける。


「私、来たことある。」


「この場所。」


 その声には、さっきまでとは違う緊張が滲んでいた。

今回も読んでくださり、ありがとうございます。

次回更新は13日0時予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。