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Marbling 現実と伝承が交わる、その先へ。  作者: 赤足
第二章 伝承編 野霧湖

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19/68

19 野霧湖へ

「……ふぁあぁ。」


 大きなあくびが漏れる。


 鼎は眠そうに目をこすりながら、公民館の駐車場へ入っていった。


 夏の朝。


 空は雲ひとつない青空だった。


 蝉の鳴き声が、朝の静かな住宅街へ響いている。


「眠そう。」


 後ろから声がした。


 振り向く。


 美羽だった。


 リュックを肩に掛け、こちらを見て笑っている。


「おはよう。」


「おはよう……。」


「昨日ちゃんと寝た?」


「寝た。」


「今の間は?」


「気のせいだ。」


「絶対寝てないじゃん。」


 美羽が笑う。


 鼎は人差し指を立てた。


「あくびというのはな、人間が――」


「始まった。」


「――最後まで聞かんか!」


「そこだけ元気。」


 二人は思わず笑ってしまう。


⸻


 駐車場には一台の白いワゴン車が停まっていた。


 どこにでもありそうな車だ。


 派手なロゴもなければ、組織名も書かれていない。


 だが、後部には資料ケースや救急箱、長靴、双眼鏡などが整然と積まれていた。


「これ……。」


「アカライの観測車両。」


 振り向くと、凪が資料を抱えて立っていた。


「調査内容によって使い分けています。」


「思ったより普通なんだな。」


 鼎が言うと、五和が車の鍵を開けながら答えた。


「目立たない方がいい。」


 それだけだった。


 だが、その一言にアカライらしさが詰まっている気がした。


⸻


 運転席へ五和が座る。


 助手席には凪。


 後部座席へ鼎と美羽が乗り込んだ。


 ドアが閉まる。


 静かにエンジンがかかった。


 住宅街を抜け、車はゆっくりと町を走り始める。


⸻


「では。」


 助手席で凪が資料を開いた。


「今回の調査内容を説明します。」


 車内の空気が少しだけ引き締まる。


「目的は三つです。」


「一つ目。」


「目撃情報の確認。」


「二つ目。」


「周辺地域の聞き取り調査。」


「三つ目。」


「境界との関連性があるかどうかの観測。」


 鼎は静かに聞いていた。


 凪は続ける。


「今回の目撃情報は一件のみです。」


「現時点では大型生物だったという証言以外、確かな情報はありません。」


「そのため。」


「存在を証明することも。」


「否定することも。」


「今回の目的ではありません。」


 五和が前を向いたまま言う。


「決めつけるな。」


 短い一言だった。


 鼎は頷く。


 父も同じだった。


 信じる前に調べる。


 否定する前に観る。


 それが父であり、アカライだった。


⸻


「質問いいですか?」


 美羽が手を挙げた。


「どうぞ。」


「もし、本当にいたら?」


 一瞬だけ車内が静かになる。


 凪が答えた。


「追いません。」


「刺激しません。」


「必要以上に近付きません。」


「まず全員の安全を優先してください。」


 五和が続ける。


「観測できれば十分だ。」


 美羽は小さく頷いた。


「なんか。」


「急に緊張してきた。」


 鼎が笑う。


「さっきまで笑ってたのに。」


「だってさ。」


「ドライブだと思ってた。」


「遊びじゃないぞ。」


「分かってるって。」


 そう言いながらも、美羽は少しだけ窓の外を見つめていた。


⸻


 町並みが少しずつ途切れていく。


 建物が減り、木々が増える。


 道はゆるやかに山へ向かっていた。


 車内の会話も自然と少なくなる。


 凪は資料を閉じた。


 五和は黙ったままハンドルを握る。


 美羽は流れていく景色を眺めていた。


 鼎も窓の外へ目を向ける。


 昔、この道を父と走ったことがあった。


 その時は、ただ湖へ遊びに行くものだと思っていた。


 まさか、こんな形でもう一度訪れるとは思わなかった。


⸻


 やがて、一枚の青い標識が見えてくる。


野霧湖 →


 五和は静かにウインカーを出した。


 車は山道を曲がる。


 木々の隙間から、陽の光を受けた湖面が一瞬だけ姿を見せた。


 美羽は息を呑む。


 鼎も言葉を失った。


 静かな湖だった。


 子どもの頃と変わらない景色。


 それでも今は、まったく違って見える。


 車はゆっくりと湖畔の駐車場へ入っていった。

今回も読んでくださり、ありがとうございます。

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