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境界に眠る光 ━はじまりの外の世界へ━  作者: くいたん


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第9話 残っているもの

しばらくのあいだ、ルティは動かなかったまま、ただ風が通り過ぎていくのを目で追うように見ている。


さっきまで“そこにあったもの”は、もう目には見えない。


それでも。


「……」


なくなったわけではないと、はっきりと分かる。


見えなくなっただけで、そこにあった気配は、まだどこかに残っている。


「……だいじょうぶ」


小さくつぶやく。


誰に向けたものでもなく、自分に言い聞かせるように。


ルティは、さっきの場所を避ける。


ほんの少し横へと足をずらし、見えない境目をなぞるようにして、元の道から外れて進む。


そのまま、教会の方へと歩き出す。


今度は、止まらない。


「……」


近づくほどに、空気が変わっていく。


さっきとは違う重さ。


開いているのではなく、閉じているような感覚。


息が、ほんの少しだけ浅くなる。


それでも。


「……」


ルティは足を止めない。


崩れた入口の前に立つ。


扉は半分外れて、斜めに傾いたまま残っている。


中は暗く、昼の光は奥まで届いていない。


「……」


ほんの少しだけ迷う。


それでも、引き返すという選択は浮かばない。


そっと、足を踏み入れる。


――ひやりとした空気が、頬をなぞる。


中は、静かだった。


音が吸い込まれていくみたいに、外の風の音すら遠くに感じる。


「……」


石の床。


並んだまま朽ちかけている椅子。


その奥に、小さな台。


何もないはずの場所。


「……」


ルティは、ゆっくりと歩く。


足音が小さく響く。


その音さえ、ほんの少しだけ遅れて届くように感じる。


「……」


途中で、足が止まる。


床に、薄い線が残っている。


円のような形。


ほとんど消えかけているが、それでも確かにそこにある。


「……これ」


しゃがみ込み、指でそっとなぞる。


触れた、その瞬間。


「……!」


かすかな光がにじむ。


ほんの一瞬だけ浮かび上がり、すぐに消える。


「……」


息を止める。


これは、さっき感じたものと同じ。


それでも、どこか少し違う。


「……のこってる」


小さくつぶやく。


ここには、まだ何かが残っている。


完全には消えていない。


「……」


立ち上がる。


奥を見る。


台の方へ。


何もない場所のはずなのに、そこだけが、いちばん濃く感じられる。


「……」


一歩、また一歩と近づく。


胸の奥が強く鳴る。


怖いというよりも、触れてはいけないと知っているのに、目を離せない感覚。


「……」


台の前に立つ。


石の表面は、ただ冷たいだけのはずなのに、その奥に何かが残っている。


「……」


手が、自然と伸びる。


止めようとしない。


止められない。


そっと、触れる。


――その瞬間。


「……っ」


息が止まる。


何かが、流れ込む。


記憶でも、映像でもない。


ただ、重さだけが残る。


「……!」


視界がわずかに揺れる。


ここで。


誰かが。


何かをした。


その“跡”だけが、確かに残っている。


「……ひらく」


言葉がこぼれる。


自分の声なのに、どこか遠い。


「……」


空気が、揺れる。


ほんの一瞬だけ。


教会の中の光が歪み、外とは違う形で空間が揺らぐ。


「……だめ」


はっとして、手を引く。


それ以上は触れてはいけないと、体がはっきりと拒む。


「……」


呼吸が乱れる。


胸の奥のざわつきが、まだ消えない。


「……」


しばらく、その場に立ったまま動けない。


何もできない。


何も考えられない。


ただ、そこに残っているものを感じ続けている。


「……」


やがて、ゆっくりと息を吐く。


少しずつ、落ち着いてくる。


「……」


振り返る。


入口の方を見る。


外の光が、そこにある。


「……」


一歩、下がる。


台から離れる。


もう触れない。


触れてはいけない。


「……」


そのまま、出口へ向かう。


足取りは、さっきよりも慎重になっている。


床の線を避け、さっき感じた場所も避ける。


「……」


外へ出る。


光が、まぶしい。


空気が軽い。


さっきまでの重さが、嘘みたいに消えていく。


「……」


その場で立ち止まる。


振り返らない。


振り返れば、また引き込まれる気がする。


「……」


小さく息を吐く。


それから、前を見る。


「……」


さっきよりも、少しだけはっきりしている。


分からないことは、まだ多い。


それでも。


「……」


ただの場所ではない。


ただの世界ではない。


それだけは、分かる。


「……ザーラ」


小さく名前を呼ぶ。


風がやわらかく揺れる。


それだけで、ほんの少しだけ安心する。


「……」


ルティは、また歩き出す。


今度は、ほんの少しだけ、自分で選んでいるような足取りで。



その少し外側。


木々の影が重なる位置で、別の気配が止まっていた。


「……今のは」


リオンが、低くつぶやく。


教会の中で起きたわずかな揺れは、外からでもかすかに拾えるほどに、歪みとして漏れていた。


「……触れたな」


短く言う。


完全ではない。


開ききってもいない。


だが、確かに干渉が起きている。


「……」


視線を、教会から外へと移す。


出てきたばかりのルティの背中が、少しだけ離れた位置に見える。


「……止めないか」


誰にともなく、小さく言う。


それでも、動かない。


今はまだ、止める段階ではないと判断している。


「……」


代わりに、位置を変える。


教会とルティの間に入らないように、少し外側へ。


流れを遮らない距離で。


「……」


そして、もう一度だけ教会を見る。


「……先に来てるな」


わずかに目を細める。


ルティ以外の痕跡。


それが、はっきりと残っている。


「……面倒だ」


小さく息を吐く。


だが、表情は変わらない。


「……」


そのまま、静かに歩き出す。


ルティと同じ方向へ。


ただし、重ならない距離で。


干渉しない位置を保ったまま。


「……」


森は、何も答えない。


それでも、確実に何かが動き始めていた。

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