第7話 先にいた痕跡
教会を出てから、しばらくのあいだ何も考えずに歩き続けたあとで、ルティはふと足を止めた。
「……?」
さっきの場所から少し離れた林の中で、風の流れがほんのわずかに変わっていることに気づき、その違和感だけが静かに残る。
「……」
ゆっくりと振り返る。
木々の隙間の向こうに、教会の崩れた屋根が、かろうじてその形を見せている。
距離としては、そう遠くない。
それでも。
「……」
さっき見たときとは、何かが違っているように感じる。
「……」
もう一度、教会の方をじっと見つめる。
さっきは気づかなかったのか、それとも見ていなかっただけなのか、自分でもはっきりしないまま、その違和感だけが残る。
「……」
ルティは、ほんの少しだけ戻ることにする。
足音を立てないように気をつけながら、ゆっくりと歩き、草をかき分けるようにして進んでいく。
そして。
「……」
教会の横手に回る。
入口とは反対側、崩れかけた壁のあたりへ。
「……」
そこに、あった。
足跡が。
「……」
小さなものではない。
大人の足で、しかも一つではなく、いくつかが重なっている。
新しい。
ついたばかりのように形がはっきりと残り、土もまだ崩れていない。
「……」
ルティは、その場にしゃがみ込む。
指先で、そっと触れる。
土はまだやわらかく、時間が経っていないことがわかる。
「……」
顔を上げる。
周囲を見る。
誰もいない。
気配もない。
それでも。
「……いた」
小さくつぶやく。
自分よりも先に、この場所に来ていた誰かがいる。
「……」
ゆっくりと立ち上がる。
足跡の向きを目で追う。
教会の裏手から、森の外側へ向かって、迷いなく続いている。
まっすぐで、ためらいのない歩き方。
「……」
その途中で、もう一つの違和感に気づく。
壁の一部。
崩れかけた石の隙間のあたりに、わずかに触れられた跡が残っている。
石の色が、ほんの少しだけ違う。
「……」
ルティは、ゆっくりと手を伸ばす。
その部分に触れる。
「……」
冷たい。
それでも、さっき触れた床や台とは少し違う。
もっと新しい。
あとから触れられた感触。
「……」
ゆっくりと、その部分をなぞる。
そのとき。
ほんのわずかに。
光が、にじむ。
「……!」
すぐに手を引く。
今のは、自分のものではない。
残っていたもの。
「……」
誰かが、ここで何かをした。
それだけは、はっきりとわかる。
「……」
ルティは、わずかに息をひそめる。
胸のざわつきが、さっきよりも強くなる。
怖いわけではない。
それでも。
「……」
自分と同じように、この場所に触れた存在がいる。
その事実だけが、静かに引っかかる。
「……」
足跡の先を見る。
森の外へと続く方向。
もう、その先は見えない。
「……」
ルティは、その場に立ったまま、少しだけ考える。
追うか。
やめるか。
「……」
小さく首を振る。
「……いかない」
理由はない。
それでも、今は違うと感じる。
「……」
もう一度だけ、教会を見る。
壊れた建物。
何もない場所。
それでも。
「……のこってる」
小さくつぶやく。
ここには、まだ何かが残っている。
過去のものも。
そして、さっきの誰かのものも。
「……」
ルティは、そのまま背を向ける。
今は行かない。
それでも、忘れない。
「……」
一歩、踏み出す。
教会から離れる。
今度こそ、完全に。
「……」
その背中を、少し離れた木の上から見ている影があった。
「……」
ガイル。
何も言わない。
ただ、静かに観察している。
その視線は、ルティではなく——教会の方へ向けられていた。
「……」
わずかに目を細める。
足跡。
触れられた跡。
残っている気配。
「……先にいたか」
低くつぶやく。
感情はない。
ただ、事実として受け取る。
「……」
そのまま視線を外へ向ける。
森の外側。
さっきの足跡が続いていた方向へ。
「……」
風が、わずかに揺れる。
それだけで、十分だった。
ガイルは、何も言わずに木から降りる。
音もなく。
そして、ルティとは別の方向へと歩き出す。
「……」
今度は、はっきりと。
追うために。




