第二部 プロローグ ー境界の外へー
朝の森は、相変わらずやさしい。
風はやわらかくて、光はあたたかい。
何も変わっていないように見える。
「……」
でも。
ルティは、立ち止まっていた。
いつもなら通り過ぎるはずの場所で。
「……ここ」
小さくつぶやく。
目の前には、なにもない。
木と、草と、光。
それだけ。
それでも——
「……ある」
手を伸ばす。
空をなぞるように。
何も触れない。
でも、確かに“そこ”にある。
「……ザーラ」
呼ぶ。
返事はない。
風が、少しだけ揺れる。
「……」
ルティは、少しだけ笑う。
さびしそうじゃない。
慣れているみたいに。
「……いるよね」
確認するように。
答えを待つでもなく。
ただ、そう言う。
風が、また揺れる。
それだけで、十分だった。
「……」
ルティは、手を下ろす。
それから、ゆっくりと前を見る。
森の奥。
じゃない。
その反対。
外へ続く方角。
「……」
少しだけ、足が止まる。
昔なら、考えなかった。
考える必要もなかった。
でも今は——
「……行ってみたい」
ぽつりと、こぼれる。
誰に聞かせるでもない。
でも、消さない。
「……」
胸の奥が、少しだけざわつく。
こわい。
でも、それだけじゃない。
知らないものが、ある。
知らないままじゃいけない気がする。
「……」
後ろを振り返る。
見えない場所。
でも、確かに“ある”場所。
「……すぐ、戻るよ」
小さく言う。
約束みたいに。
風が、ふっと吹く。
やさしく。
背中を押すように。
「……」
ルティは、もう一度だけ頷いて。
一歩、踏み出した。
森の外へ。
⸻
その頃。
森のさらに外。
もっと遠く。
「……反応が変わった」
低い声が、静かに落ちる。
「……境界、安定していたはずでは」
「……していた」
短い沈黙。
「……だが、動いている」
「……」
「……鍵か」
その言葉で。
空気が、わずかに張り詰める。
「……観測を続けろ」
「……回収命令は?」
一拍。
「……まだだ」
ゆっくりと。
「……だが——」
視線が、森の方へ向く。
「……今度は、見逃さない」
⸻
風が、境界をなぞる。
見えない線。
でも、確かにそこにあるもの。
それを越えようとする者と。
それを守ろうとするもの。
そして——
その“どちらでもない”場所から、歩き出した少女。
物語は、もう一度動き出す。
今度は、
守られるためじゃなく。
自分で、選ぶために。




