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境界に眠る光 ━はじまりの外の世界へ━  作者: くいたん


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外伝⑥ 見送ることしかできなかった日 【挿絵あり】

私は、公爵家でシェリルザーラお嬢様にお仕えしております侍女でございます。


お嬢様は、静かな方でした。



決して声を荒げることはなく、誰かを強く叱ることもない。

けれど不思議と、その場にお嬢様がいらっしゃるだけで、空気が落ち着くのです。



最初は、偶然だと思っておりました。


ですが、そうではないと気づいたのは、まだお嬢様が幼い頃でございました。




庭先で、風を見ていらしたことがございます。


花を見ているようで、違う。


ただ立って、何かを確かめるように。


「お嬢様、何をご覧になっているのですか」


そうお声をかけたとき、お嬢様は少しだけ首を傾げて、



「……今、少しだけずれてる」



と、おっしゃいました。


その意味は、分かりませんでした。


ですが、その直後でした。


屋敷の中で続いていた小さないさかいが、すっと収まったのは。




奥様も、同じことを感じておられたようでした。


ある日、私がお茶をお持ちしたときのことです。


お嬢様が席を外されたあと、奥様がぽつりとおっしゃいました。



「……あの子がいると、静かになるのよね」



その声は、どこか誇らしくて。


そして同時に、少しだけ不安そうでもありました。





それでもその頃の私は、それを“良いこと”だとしか思っておりませんでした。


お嬢様は特別で、優れていて、この家にとって大切な存在なのだと。


疑う理由など、どこにもなかったのです。





変化が訪れたのは、ある日の午後でございました。


屋敷の奥、普段は使われない応接室に、旦那様と奥様、そして若様が呼ばれました。


加えて、見慣れぬ客人が数名。


黒を基調とした装束。


教会の方々であると、すぐに分かりました。





私は廊下に控えておりました。


扉は閉じられておりましたが、声はかすかに漏れてきます。


最初は、落ち着いた話し合いのようでした。


ですが――





「このまま置くのは危険です」


知らない声が、はっきりと言いました。




「危険、とはどういう意味だ」


旦那様の声です。


低く、抑えられておりました。




「影…が広がる可能性があります。本人に自覚がない…上、制…は困難です」



「彼女……鍵候補……す……から……す」




私は、その言葉の意味を、すぐには理解できませんでした。


けれど、次の一言で分かってしまいました。




「……教会での管理が適切……と」




胸が、強く打たれました。




「管理だと?」


今度は、若様の声でした。



抑えてはいるものの、はっきりと怒りが滲んでおりました。




「……あいつが、何したっていうんだ。まだ、14だぞ、成人だってまだ……。」




その言葉に、返答はすぐにはありませんでした。


短い沈黙のあと。




「何もしていないからこそ、です」




静かな声。


否定しづらい理屈。




「ここにいるだけで、周囲に影響が出ている」


「それが拡大した場合、被害は限定できません」




私は、息を止めておりました。




「……排除するつもりか」


旦那様。




「いいえ。“保護”です」




言い方が違うだけで、意味は同じように聞こえました。




「……ふざけるなよ」


若様の声が、今度ははっきりと荒れました。




「外に出すってことだろ」


「戻れる保証はあるのか」




誰も、すぐには答えませんでした。




その沈黙が、すべてを語っておりました。




やがて、旦那様が口を開かれました。




「……それが、最も被害が少ないのか」




その問いは、確認でした。


反論ではありませんでした。




「はい」




短い肯定。




長い沈黙が続きました。




私は、その場にいながら、何もできませんでした。


止める言葉など、持っておりませんでした。




やがて。




「……分かった」




旦那様の声が、決断を下しました。




それで、すべてが決まりました。




しばらくして、シェリルザーラお嬢様が呼ばれました。


私は、廊下に控えたまま、その時を待ちました。




扉が開き、お嬢様が中へ入られます。


いつも通りの、落ち着いた足取りでした。


挿絵(By みてみん)






「……どういうことですか」




その声は、静かで。


怖いほどに揺れておりませんでした。




中の会話は、ほとんど聞こえませんでした。


ですが。




少しして。




「……わかりました」




その一言だけが、はっきりと聞こえました。




私は、その場で立ち尽くしました。




ああ、と。


思いました。




この方は、もう理解してしまったのだと。




扉が開きます。


ザーラお嬢様が、出てこられました。




手には、何も持っておられませんでした。




それが、あまりにも現実味がなくて。


胸が、締めつけられました。




屋敷の外には、すでに馬車が用意されておりました。


黒い装束の者たちが、静かに待機しています。




そのとき。


奥様が、一歩だけ前に出られました。




ほんの一瞬、ためらって。




「……ごめんね」




それだけを、おっしゃいました。




お嬢様は、何も言いませんでした。




ただ、一度だけ屋敷を振り返られました。



挿絵(By みてみん)




長くはありませんでした。


けれど。


とても長く感じられる一瞬でした。




そして。


もう振り返ることはありませんでした。




馬車に乗り込みます。


扉が閉まります。




ゆっくりと、車輪が動き出しました。




私は、その背を見送ることしかできませんでした。




誰も、叫びませんでした。


誰も、泣きませんでした。




それでも。


確かに、何かが失われていく音だけは聞こえておりました。





◇◇◇◇◇◇◇◇




■ザーラ



馬車の中で、ザーラは静かに座っていた。




窓の外で、屋敷が遠ざかっていく。




「……そういうことなんだ」




小さく、つぶやく。




怒りはなかった。


悲しみも、まだはっきりとはない。




ただ。




理解だけが、あった。




ここにいれば、何かが起きること。


それを止めようとしていること。




全部、分かってしまった。




だから。




何も、言えなかった。




「……戻れないんだ」



その言葉は、誰にも届かない。




森が近づいてくる。


空気が変わる。




まだ知らない場所。



けれど。




そのとき、ザーラはすでに分かっていた。



ここから先が、ただの終わりではないことを。



そして同時に。


もう、元には戻れないことも。



■終

外伝はここまで。


GWがまだ数日あるので、ルティが外に出るところを作っていこうかな。

どこまで行けるのかはルティ次第。

ルティの成長を見守って頂ければ幸いです(*´ω`*)

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