第76話 知らない言葉
昼のやわらかな光が、精霊領域の薄膜のような空気を透かして降りてくる中、短い訓練の余韻がまだ身体の奥に残っている。
ルティは、少しだけ呼吸を乱しながら、ザーラのすぐ隣に寄り添うように腰を下ろしている。
「……つかれた……ちょっと、からっぽ……」
「……うん、ちゃんと使えてたよ、がんばったね」
ザーラはそう言って、ゆっくりと指先で頭を撫でる。撫でるたびに細い髪がやわらかく揺れて、ルティは目を細めながら小さく息を吐く。どこか、ほどけていくみたいに。
そのままルティは、視線を上げて淡く明滅する空をぼんやりと見つめる。この場所特有の、呼吸するような光の層。
「……ねえ、ざーら」
「……なに?」
「……ここのひかり、やわらかいね……あったかい」
「……うん、そうだね」
「……でもね」
ルティは、わずかに首をかしげながら言葉を探すように少し間を置く。
「……ちがう“ひかり”も、しってる……たぶん、むこうの」
ザーラの手が、そこでぴたりと止まる。
「……どんなの……?」
慎重に問いかけると、ルティは少し考え込むように視線を泳がせてから答える。
「……ささるみたいで……ひかりなのに、いたいの」
「……?」
「……あったかくなくて……でも、すごくつよい……ぎゅって、ひらくかんじ」
その言葉の選び方はどこか不自然で、けれど妙に具体的だった。
空気が、ほんのわずかに張りつめる。
リオンの視線が、静かに鋭さを帯びる。
ルティはその変化に気づかないまま、無垢なまま言葉を続ける。
「……あっちではね……みんな、それつかってた」
その一言が、重く落ちる。
「……あっち……って……どこ……?」
ザーラの声は、かすかに揺れている。
「……うん……わかんないけど……“かさなってるとこ”……たぶん」
曖昧で、けれどどこか核心に触れているような響き。
「……みんな、それで“ひらいてた”……えっと……ゲートじゃなくて……」
言葉を探す。記憶の底に沈んだ音を拾い上げるみたいに。
「……きょうかいせつだん……? ちがう……きょうめいかいろ……?」
聞き慣れない語。断片的で、整っていない。
それでも、ただの想像とは思えない重みがあった。
風が、すっと止まる。
リオンが、低くつぶやく。
「……遺留記憶……いや、残響記憶か……」
ザーラの胸の奥で、不安がゆっくりと広がる。
「……ルティ」
「……なに?」
「……それ、どこで見たの……?」
「……わかんない」
あっさりとした答え。ためらいも、隠しもない。
「……でもね」
ルティは、ふっと小さく笑う。
「……ざーらのひかりのほうが、すき……いたくないから」
その言葉はあまりにも素直で、張りつめていた空気をゆっくりとほどいていく。
ザーラは、何も言えなくなる。ただ、そっと強く抱き寄せる。失わないように、確かめるように。
リオンは一瞬だけ目を閉じ、思考を整理するように静かに息を整える。
そして、低く言う。
「……時間がないな……想定より早い」
その声音には、確かな焦りと決断の気配が混じっていた。




