第74話 まだ、飲み込めない
昼へと移り変わっていく、朝の終わりの時間。
空気は相変わらずやわらかいままで、光もやさしく降りている。
それなのに、ザーラの内側だけが静かにざわつき続けている。
「……」
ひとり、少しだけ離れた場所に立っている。
さっき聞いた言葉が、まだ頭から離れない。
“鍵”。
“異なる世界の魂”。
「……」
息が、うまく深く吸えない。
理解はできているはずなのに、頭では繋がっているのに。
それでも、どこかが拒んでいる。
視線の先に、ルティの姿がある。
ミーナと並んで、きらきらとした光を無邪気に追いかけている。
「……あっ、まって!」
足をもつれさせて、転びそうになって。
それでも楽しそうに笑っている。
「……」
あの子が、“鍵”だなんて。
「……違う」
思わず、声がこぼれる。
「……ただの、子どもだ」
言い聞かせるように、何度も内側で繰り返す。
けれど、リオンの言葉が消えてくれない。
“壊してでも使う”。
「……っ」
無意識に、指先へ力がこもる。
守る。
そう言い切ったはずなのに。
じゃあ、どうやって?
「……」
答えが、見つからない。
ただ感情だけが、先にある。
そのとき。
「……まだ、整理ついてない顔だな」
背後から、低い声が届く。
「……」
振り向かない。
振り向かなくても、誰かはわかる。
「……当たり前でしょ」
少しだけ棘のある声になる。
「……いきなり、あんなこと言われて」
「……ああ」
短い肯定が返ってくる。
少しの沈黙のあと。
「……だからって、待ってはくれない」
「……!」
ザーラが、わずかに振り返る。
リオンは、ルティの方を見ている。
まるで距離を測るように。
「……あいつは、もう使われかけてる」
「……」
言葉が、胸に刺さる。
「……昨日の“揺れ”、感じただろ」
「……うん」
あのときの違和感。
身体の奥に走った、あの熱。
「……あれは、外からの干渉だ」
「……」
ザーラの喉が、小さく鳴る。
「……放っておけば、引き寄せられる」
「……!」
「……あいつの意思とは、関係なくな」
静かに、けれど逃げ場を与えない言い方で。
「……そんなの……」
否定したいのに、言葉が続かない。
「……だから、慣らす」
リオンが、はっきりと言う。
「……制御できるようにする」
「……」
「……“鍵”として扱うためじゃない」
一拍おいて。
「……あいつ自身を、守るためだ」
「……」
その言葉が、胸の奥に落ちる。
守るため。
さっき、自分が口にした言葉と重なる。
「……」
もう一度、ルティの方を見る。
笑っている。
何も知らないままで、変わらず無邪気に。
「……」
逃げるわけにはいかない。
隠しているだけでは、届かない。
「……」
ゆっくりと、息を吐き出す。
胸の中の揺れを完全には消せないまま、それでも。
「……やるしか、ないってこと?」
「……ああ」
「……今のままじゃ、守れない」
迷いのない声。
「……」
ザーラは、そっと目を閉じる。
ほんの一瞬だけ。
そして。
「……わかった」
小さく、それでも確かに。
「……やる」
覚悟を、自分で選び取る。
そのとき。
「……ざーら!」
ルティの明るい声が響く。
振り向くと、手を大きく振っている。
「……きて!」
何も知らないままの笑顔。
「……」
ザーラの表情が、わずかにほどける。
「……うん」
一歩、踏み出す。
あの子の方へ。
守るために。
ちゃんと守るために。
そのために、必要なことを選ぶために。




