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境界に眠る光 ━はじまりの外の世界へ━  作者: くいたん


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第69話 ゆらぐ夜

夜の精霊領域は、昼間よりもさらに静まり返っていて、どこか張りつめた気配を帯びていた。



音は、ほとんど存在しない。



けれど、完全な無音というわけでもなく、かすかな揺らぎだけが世界に残っている。



「……」


淡い光が、まるで呼吸するかのように、ゆっくりと膨らんでは収まり、また揺れている。




草も、木も、その輪郭を保ったまま、わずかに明滅を繰り返している。




まるで、この世界そのものが、静かに生きているかのように。






「……」


ミーナは、その光景から少し離れた場所に腰を下ろし、目を閉じたままじっとしている。



眠ろうとしているのに、意識は妙にはっきりしていて、どうしても落ち着かない。



「……」


リオンは、少し離れた位置で立ったまま、周囲に目を配り続けている。



ほとんど動かず、ただ静かに立っているだけなのに、その気配は鋭く張りつめている。



けれど、その視線は時おり外側――“こちらではない方”へと向けられる。



「……」


すでに気づいている。




まだ距離はあるが、確実に何かがこちらへ近づいてきていることに。



その一方で。



「……」


ザーラは、地面に腰を下ろしたまま、ルティを膝の上に乗せて背中を預けさせている。



腕の中にすっぽり収まる小さな体は、今は穏やかな呼吸を刻んでいる。




「……」


ルティは、完全に安心しきった顔で、深く眠りに落ちている。




「……」


その寝顔を見つめながら、ザーラの表情がほんの少しだけやわらぐ。




「……よかった……無事で」




小さくこぼれた言葉は、誰に聞かせるでもなく、夜の中へ溶けていく。




守れた。




少なくとも、今この瞬間までは。



そのとき。




「……?」


ザーラの胸の奥に、かすかな違和感が走る。



じんわりと、内側から熱が広がるような感覚。



「……なに、これ……」




無意識に手を当てる。



心臓のあたりが、いつもよりも速く脈打っている。



けれど、それだけではない。



“何かが、内側で動いている”。



「……っ」


息が詰まり、胸の奥が締めつけられる。



「……」


その瞬間、ザーラの周囲だけ、光の揺らぎがわずかに強くなる。




「……?」


ミーナが、はっとして目を開ける。



明らかに、空気が変わったことに気づく。



「……ザーラ?」



呼びかける。



だが、返事はない。





ザーラの呼吸は、浅く、速く乱れていく。



「……なに、これ……止まらない……」



恐怖が、じわじわと広がる。



けれど、どうすることもできない。




「……っ」


次の瞬間。




ザーラの手のひらから、じわりと光が滲み出す。



抑えきれないものが、外へ漏れ出している。




「……!」


ミーナが勢いよく立ち上がる。



「……待って、それ……何が起きてるの!」




「……」


リオンが、一歩だけ前へ出る。



その目は、状況を見極めるように鋭く細められている。



「……来たか」



低く、確信を込めて。




「……え……?」


ミーナが戸惑う間もなく。




次の瞬間。



ザーラの視界が、大きく歪む。



森の輪郭が二重に重なり、昼と夜の景色が同時に存在するかのように揺らぐ。



「……っ、息が……」



呼吸がうまくできない。



そのとき、ルティがかすかに目を開ける。




「……ざーら……?」



その声に。



“何か”が、はっきりと反応する。



一気に。



――境界が、揺れる。




「……!!」


空気が歪み、精霊の光が不規則に明滅し始める。



「……まずいな」


リオンの声が、さらに低く沈む。



「……支えろ、ザーラ!」




「……っ」


ザーラが、苦しげに顔を上げる。




思い出す。




あのときの言葉。




“お前が支えよ”




「……」


深く息を吸う。



胸が痛い。


苦しい。


それでも。




ルティの小さな手が、服をぎゅっと掴む。



その感触が、ザーラの意識を引き戻す。



「……大丈夫……大丈夫……」



自分に言い聞かせるように、何度も繰り返す。



ゆっくりと呼吸を整え、心臓の鼓動に意識を合わせていく。




ドクン。


ドクン。




そのリズムに、光を合わせるように。



やがて、周囲の揺らぎが少しずつ弱まっていく。



「……」


歪んでいた空間が、ゆっくりと元の形を取り戻していく。




静寂。




「……はぁ……っ」


ザーラが、大きく息を吐き出す。



全身が、細かく震えている。



「……今の……何だったの……」


ミーナが駆け寄り、戸惑いを隠せないまま問いかける。



「……」


ザーラは答えられない。




けれど。




理解してしまっている。




“自分が揺らした”




「……」


リオンが、淡々と言い切る。



「……それが、お前の役目だ」



冷たい言い方。



だが、否定できない現実。




「……」


ザーラは、ルティを強く抱きしめる。



「……こわい……」



小さく漏れた本音は、かすかに震えていた。




そのとき。


リオンの視線が、鋭く外側へ向く。



森の向こう。



気配が、近づいている。



「……来る」




「……っ!」


ミーナが息を呑む。




「……追手……?」




「……違う」


リオンは、短く否定する。




「……もっと厄介だ」




再び、静寂が落ちる。



風が止まり、空気が張りつめる。




やがて、遠くに“人の気配”が現れる。




だが、それは迷いのない足取りで、まっすぐこちらへ向かってくる。




「……」


リオンが、小さくつぶやく。



「……間に合ったか」




「……?」


ザーラが顔を上げる。


その気配には、どこか引っかかるものがある。


見覚えのある“感触”。




「……」


ミーナの表情が、一気に強張る。



理解してしまった。




「あれ……」


かすれた声が漏れる。




「……あの人……」




闇の奥から、ゆっくりとひとつの影が姿を現す。



月明かりに照らされ、その輪郭がはっきりと浮かび上がる。




そこに立っていたのは。




ガイルだった。

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