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境界に眠る光 ━はじまりの外の世界へ━  作者: くいたん


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第6話 るてぃのおしごと

朝の片付けが、ひと段落する。


さっきまでの動きの音が静まり、鍋の火も落とされて、部屋の中にはゆっくりとした静けさが戻ってきていた。


まだほんのりと残る温もりと、やわらかな匂いだけが、その時間の名残のように漂っている。



「……」


ルティは、その場に立ったまま。


スプーンを、ぎゅっと握っている。


さっきと同じ。


同じはずなのに——


胸の奥が、少しだけ違う。


ほんのりと、あたたかい。


「……」


ザーラの方を見る。



何か、言いたい。


伝えたいことがある気がする。


でも、言葉がうまく出てこない。


「……なに」


先に、気づかれる。


「……」


ルティは、少しだけ考える。



考えて、迷って、それでも——


胸の前で、スプーンを持ち上げる。


「……」


じっと、それを見る。


それから、ザーラを見る。


「……て」


小さな声。


「……て、つ……」


「……手伝い?」


ミーナが、すぐに言葉を拾う。


「……!」


ルティの顔が、ぱっと上がる。


こくん、と大きくうなずく。


「……」


ザーラは、少しだけ黙る。



視線を落として——


ルティの手を見る。


小さな手。


ぎゅっと、離さないように握られたスプーン。


そこに込められているものを、測るみたいに。


「……」


ほんの少しだけ、考える。


それから。


「……じゃあ」


ぽつりと、静かに言う。


「ひとつだけ」


「……!」


空気が、わずかに変わる。


ルティの背筋が、ぴんと伸びる。


「……あんたの仕事、あげる」


「……!」


その言葉は、まっすぐに届いた。


意味のすべてはわからなくても。


それが、とても大事なことだということだけは、はっきりと伝わる。


「……いい?」


ザーラがしゃがんで、目線を合わせる。


空色の瞳が、まっすぐに向けられる。


逃げ場のない、でもやさしい視線。


「……」


ルティも、まっすぐ見返す。


「……」


こくん、と。


今度は、迷いなく。


「……これ」


ザーラが、テーブルの上を指差す。


空になった器。


「食べ終わったら——」


ほんの少しだけ言葉を選んで。


「ここに、置く」


手で、位置を示す。


ゆっくりと、わかるように。


「わかる?」


「……」


ルティは、その指先をじっと見る。


場所。


動き。


距離。


「……」


それを、何度も頭の中でなぞるようにして。


こくん、と、うなずく。


「……」


ザーラは、その様子を見て。


ほんのわずかに、目を細めた。


「……できたら、えらい」


ぽつりと、静かに言う。


「……!」


ルティの目が、大きく開かれる。


その一言が、胸の奥に落ちていく。






しばらくして。


ルティの前の器が、きれいに空になる。


「……」


スプーンを、ぎゅっと握る。


それから——


器を見る。


ザーラが指差した場所を見る。


もう一度、器を見る。


「……」


ゆっくりと、立ち上がる。


少しだけ、体が揺れる。


でも。


「……」


一歩。


また一歩。


ぺた、ぺたと、小さな足音を立てながら進む。


器を持つ。


落とさないように、慎重に。


指先に、力を込めて。


「……」


テーブルの端。


さっき、教えてもらった場所。


「……」


手が、ほんの少しだけ震える。


こわい。


でも——


やる。


「……」


そっと。


音を立てないように。


ことり、と。


置いた。





「……!」


自分で、はっとする。


今の。


できた。


「……!」


振り返る。


ザーラを見る。


ミーナを見る。


「……見て!」


言葉にはならない声。


でも、全部がそこにある。


できた、という気持ち。


見てほしい、という思い。


「……」


一瞬の、静かな間。


それから。


「……えらい」


ザーラが、静かに言う。


「ちゃんとできた」


「……!」


ルティの顔が、ぱあっと明るくなる。


一気に。


抑えきれないくらいに。


「……すごいじゃない!!」


ミーナが、すぐに声を上げる。


「初仕事成功じゃないのー!」


ぱちぱちと、大きな拍手。


「……!」


ルティは、びくっとする。


でも、逃げない。


それよりも——


うれしいが、勝っていた。


「……」


スプーンを見る。


ぎゅっと、握る。



——これで、できた。



——これで、ほめられた。



「……」


ザーラが、その様子を見て。


小さく息をつく。


それから。


「……じゃあ」


ぽつりと、言う。


「それ、あんたのね」


「……?」


「スプーン」


軽く、指を向ける。


「仕事に使うなら、あんたの」


「……!」


理解した瞬間。


空気が、止まったように感じた。


「……」


ルティは、スプーンを見る。


それから——


胸に、ぎゅっと抱きしめる。


小さな体で、大事そうに。


「……」


声は出ない。


でも。



——うれしい。



——だいじ。



——なくしたくない。



全部の気持ちが、その仕草に込められていた。






ミーナが、横で小さくつぶやく。


「……やば……」


「なにがよ」


「尊い……」


「うるさい」


短く返すザーラ。


でも。


その声も、ほんの少しだけやわらいでいた。





その日。


ルティは、はじめて——


“ここにいていい”と認められて、


はじめて、“自分のもの”を手にして、


そして、


はじめて、“自分の場所”をもらったのだった。

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