第54話 ゆめのなか
ゆめのなか
やわらかな光に満ちた空間は、触れればほどけてしまいそうなほど穏やかで、ぬくもりが静かに全身を包み込んでいた。
ルティはその中にひとりで立っている。
見覚えのないはずの場所であるにもかかわらず、不思議と恐れはない。
むしろ胸の奥にかすかな懐かしさが灯る。
視界の先には、果ての見えない白い空間が広がる。
境界という概念すら曖昧なまま、どこまでも静かに続いている。
足元に目を落とせば、淡い光の線が幾重にも重なる。
光がゆるやかな流れを描いており、それは昼間に見たものとよく似ている。
ただ、より澄んでいて、よりやさしく感じられた。
その光の奥に、ぼんやりとした“誰か”の気配がある。
形は定かでないのに、確かにこちらを見つめているとわかる。
ルティは首をかしげながらも警戒する様子はない。
引き寄せられるように一歩を踏み出し、自然な動作でその存在へと近づいていく。
そのとき、言葉ではない声が直接意識の内側に響く。
やさしく、あたたかく、どこかで待ち続けていたような気配を伴って届く。
――やっと、見つけた。
ルティの瞳がわずかに揺れ、「だれ?」と問いかける。
その返答は言葉として返ってくることはない。
代わりに光そのものが波打つように揺らぎ、景色を変えていく。
次の瞬間、視界は断片的に切り替わる。
崩れ落ちる天井や、押し寄せる振動、息が詰まるような圧迫感が一瞬だけ蘇る。
思わず体が震えるが、それも束の間、すぐに別の光景へと塗り替えられる。
そこには巨大な円と無数の線が絡み合う構造が広がっている。
いくつもの世界が重なり合う中心に、小さな光が大切に守られるように存在していた。
その中心にあるものが何であるのか、理屈では説明できない。
でも、ルティにはなぜか直感的に理解できてしまう。
「……わたし……?」
と小さくこぼれた言葉は、確信とも疑問ともつかないまま、空間に溶けていく。
再び響く声は、先ほどと同じやさしさを持ちながらも、わずかに悲しみを帯びていた。
――まだ早い。
でももう時間がない。
意味はわからないはずなのに、その言葉は胸の奥に重く残る。
理由のない不安がじわりと広がる。
ルティは小さく首を振り、その感覚を振り払おうとする。
そのとき光がゆっくりと近づき、包み込むように彼女を覆う。
それは安心できる温度で、触れればすべてを受け入れてくれそうな優しさを持っていた。
ルティは自然と手を伸ばし、その光に触れようとする。
しかし指先が届く直前、最後の声が静かに響く。
――守られて、今度はあなたが。
意味は理解できないまま。
それでもその言葉だけが強く胸に残る。
消えることなく深く刻まれる。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ルティ!」
切迫した声が、遠くから現実へと引き戻すように響く。
次の瞬間、彼女の意識は一気に引き上げられる。
目を開けると同時に荒い息がこぼれる。
胸が大きく上下し、まだ夢の余韻が身体に残っているのがはっきりとわかる。
すぐそばにはザーラの姿がある。
強く抱きしめる腕に込められた力から、どれほど心配していたのかが伝わってくる。
「大丈夫」と繰り返す必死な声。
それは、ルティを現実へと繋ぎ止めようとしていた。
少し離れた場所にはリオンも立っている。
何も言わずに状況を見つめながら、その目だけが鋭く事態を捉えている。
ルティはまだ意識がはっきりしない。
夢と現実の境目にいるような感覚のまま、ぼんやりと視線を彷徨わせる。
やがて小さく口を開く。
「ひかり……」
そうつぶやくと、その一言にザーラがすぐ反応し、顔を覗き込む。
「何を見たの」
問いかけられても、ルティは言葉を探すように少し考え込む。
でも、うまく説明することができない。
ただ胸の奥には、あたたかさ。
あと、わずかな恐れが混ざり合った感覚だけが確かに残っている。
結局、ルティは小さく首を振り
「わかんない……」
と正直に答えるしかなかった。
ザーラはそれ以上追及することなく、ただもう一度しっかりと抱きしめる。
その存在を確かめるように腕に力を込める。
その様子を見ながら、リオンが低く静かな声でつぶやく。
「始まったな」
ザーラの目がその言葉に反応して鋭さを帯びる。
その意味を問う前に、ルティの意識はまだ現実に追いついていない。
その言葉は彼女には届いていなかった。




