第53話 ひとやすみ 【挿絵あり】
遺構の内側は、外気よりもわずかにあたたかい。
風も角が取れたようにやさしく流れていて、張りつめていた空気がゆっくりほどけていく。
ザーラは肩の荷を下ろすようにして荷物を地面へ置く。
周囲を一度見渡してから、ここで休むと静かに告げる。
ルティはその言葉を聞いた途端、ぱっと顔を明るくして元気よく、こくんとうなずく。
先ほどまで抱えていた不安の影を、まるで置き去りにしたかのように消してしまう。
安全だと理解した瞬間に緊張がほどけ、抑えていた好奇心が一気に表へ出てくる。
いかにも子どもらしい反応だった。
彼女は軽い足取りで遺構の中をとことこと歩き回る。
壁に触れては小さく声を上げ、また別の場所へと興味を移していく。
ザーラはその様子を見ながら、思わず小さく息を吐き、張りつめていた心がわずかにゆるむのを感じていた。
一方でリオンは、少し距離を取った場所に腰を下ろす。
周囲の気配を探るように目を巡らせながらも、無意識にルティの動きを追っている。
◇◇◇◇◇◇◇◇
やがてザーラが簡単な食事の支度を整え、小さな鍋を地面に置くと、温かな匂いが静かに広がる。
それに気づいたルティの目がきらりと輝く。
待ちきれない様子で駆け寄ろうとするが、途中でふと足を止める。
何かを思い出したように自分の手を見つめる。
それから服の中をごそごそと探り、小さなスプーンを取り出す。
大切にしまっていたそれをぎゅっと握りしめる。
姿勢を正してその場に座る。
小さな声ながらもきちんと「いただきます」と口にする。
その丁寧な仕草に、ザーラの手が一瞬止まり、リオンもまた無言でその様子を見つめる。
ルティは一口ずつゆっくりと食べ進める。
こぼさないように気をつけながら、食べるという行為そのものを大事にしているようだった。
「おいしい」とぽつりとこぼれた言葉は、静かな空間にじんわりと染み込む。
聞く者の胸にも柔らかく残る。
ザーラはわずかに目を伏せ、リオンも何も言わないまま、ほんの少しだけ表情をゆるめる。
◇◇◇◇◇◇◇◇
食事を終えたルティは、満足と安心に包まれた。
自然とザーラの隣へ寄り、ぴたりと体を預ける。
やがてそのまま力を抜いて寄りかかり、「ねむい」と半分閉じた目でつぶやく。
ザーラは小さくため息をつきながらも、その頭をそっと撫でる。
ルティは気持ちよさそうに微かに笑い、そのままさらに体を寄せ、完全に身を任せていく。
少ししてから、今度はもう片方の手をゆっくりと伸ばし、眠たげな声でリオンにも隣に来るよう促す。
リオンは一瞬ためらいを見せるが、結局はゆっくりと近づき、距離を保ちながら腰を下ろす。
しかしルティはそれでは満足せず、もぞもぞと体を動かしてさらに近づき、彼の腕にぴたりと寄り添う。
その瞬間、リオンの体はわずかに固まるが、振り払うことはせず、そのまま静かに受け入れる。
ほどなくしてルティは安心しきった様子で眠りに落ち、穏やかな寝息を立て始める。
腕に伝わるぬくもりと重みを感じながら、リオンはほんのわずかに力を抜く。
◇◇◇◇◇◇◇◇
やがて遺構の内側にも夜の気配が満ち、外界とは切り離されたような静寂が訪れる。
壁に刻まれた光だけがやさしく揺れている。
ルティはザーラの肩に寄り添ったまま深く眠り込む。
その手は無意識のうちにリオンの服をつかんで離さない。
ザーラはその様子を見て小さく「信じているのね」とつぶやく。
リオンは答えないまま、静かに視線を落とす。
そのとき、遺構の光がほんのわずかに揺らぎ、壁の模様がゆっくりと流れるように変化し始める。
異変に気づいたリオンの目が細くなり、「来るな」と低く漏らすが、その意味を問う間もなく、ルティの体がびくりと震える。
彼女は目を覚まさないまま苦しげにうなされ、「いや……こわい……」と小さくつぶやく。
ザーラはすぐに彼女を強く抱き寄せ、必死に落ち着かせようとするが、空気は次第に歪みを帯びていく。
リオンはその異変を見据えながら、「夢じゃない」と断言し、さらに低い声で「これは開きかけている」と告げる。
ルティの周囲に集まる光は次第に渦を巻く。
遺構そのものが呼応するように輝きを増していく。
それが彼女を守ろうとしているのか、それともどこかへ導こうとしているのか。
——その答えは、まだ誰にもわからなかった。




