第50話 はじめてのそと 【挿絵あり】
森の終わり――最後の一歩を踏み出したその瞬間、閉ざされていた世界が一気に開けるように、視界いっぱいに強い光が流れ込んでくる。
「……」
あまりのまぶしさに、ルティは思わず目を細めながら、反射的にぎゅっとリオンの手を握りしめる。
ザーラもまた、その場で足を止める。
目の前に広がるのは、森の外――遮るもののない空と、どこまでも続いていく草原、そして広く通り抜けていく風の感触。
「……」
音が、まるで違う。
閉じ込められていた空間から、外へと放り出されたような――そんな感覚が、じわりと体に広がっていく。
「……」
ルティは、おそるおそる一歩を踏み出す。
少しふらつきながら、それでも前へ。
そして。
「……わぁ……」
小さな声。
けれど、その一言に、驚きと喜びのすべてが詰まっている。
ぱっと、顔が明るくなる。
「……ひろい……!」
その場でくるりと回ると、ふわりと髪が揺れ、淡い金色が光を受けてやわらかくきらめく。
薄紫の瞳は、空の色を映して、きらきらと輝いている。
「……すごい……すごい……!」
ぴょん、と一歩踏み出し、また一歩、少しだけ駆けるように進んでは立ち止まり、振り返る。
「……ざーら!」
「……見て!」
両手を大きく広げて、世界そのものを抱きしめるみたいに。
「……」
ザーラは、その様子に思わず目を細める。
「……ええ」
短く、それでも確かにやわらかな声で応える。
「……」
リオンもまた、何も言わずにその光景を見ている。
無防備で、まっすぐで、何の打算もないその姿。
「……」
ほんのわずかに、気づかれないほどに口元がゆるむ。
「……」
ルティは、またとことこと近づいてくる。
「……りおん!」
「……なんだ」
振り返らずに答える。
「……これ、そと?」
ほんの少しの間。
「……ああ」
その一言だけで十分だった。
「……!」
ぱっと顔がさらに明るくなる。
「……そと!」
うれしそうに何度も繰り返す。
それだけで、この世界が楽しくてたまらないという顔で。
「……」
そのまましゃがみ込み、草へと手を伸ばす。
指先でそっと触れてみる。
「……ふわ……」
初めて感じる感触に、驚いたように目を丸くする。
「……やわらかい……」
もう一度、確かめるように触れる。
何度も、何度も。
「……」
リオンは、その様子をじっと見ている。
静かに。
その瞳は、さっきまでとは違う色を帯びていて、どこか遠くを見ているようでもある。
◇◇◇◇◇◇◇◇
そのときだった。
ふいに、風が止まる。
「……?」
ルティが顔を上げる。
さっきまで確かに吹いていた風が、まるで切り取られたように、ぴたりと消えている。
「……」
静かすぎる。
「……」
ザーラの表情が、はっきりと変わる。
リオンも、同時にそれを察知する。
「……下がれ」
低く、無駄のない声。
「……?」
ルティはまだ状況を理解していない。
だが。
「……ルティ」
ザーラが即座に手を引く。
「……!」
その瞬間――
地面が、わずかに光を帯びる。
「……!」
ルティが足元を見下ろす。
そこには、見覚えのある“線”。
だが。
「……」
それはさっきとは違い、不規則に歪み、揺れ、まるで今にも崩れそうに不安定に脈打っている。
「……まずいな」
リオンの目が細くなる。
「……何が」
ザーラの声が鋭くなる。
リオンは視線を地面に落としたまま答える。
「……境界が不安定だ」
「……!」
その言葉と同時に、空気が一気に張り詰める。
次の瞬間――
ぱきん、と乾いた音。
「……?」
ルティの足元で、光の線が“割れる”。
「……っ」
「……!」
リオンが即座に動き、ルティの体を強く引き寄せる。
その瞬間。
空間が、ぐにゃりと歪む。
「……!」
ザーラも、反射的に後方へと跳ぶ。
「……」
さっきまで広がっていた草原の一部が、見えない何かに引き裂かれるように“ずれ”る。
一瞬だけ、その向こう側が露わになる。
森ではない。
別の層――別の世界。
「……ひかり……?」
ルティの瞳に映るそれは、さっき見たものとは違う、もっと深く、底の見えない光。
次の瞬間。
すべてが、ぱたりと元に戻る。
何もなかったかのように。
「……」
沈黙が落ちる。
誰も、すぐには動けない。
「……」
やがてリオンが、低く告げる。
「……境界が壊れかけてる」
「……ここも、安全じゃない」
ザーラの表情が、完全に引き締まる。
「……」
ルティには、まだすべては理解できない。
それでも。
「……」
ぎゅっと、リオンの手を握る。
「……」
リオンは、その小さな手を見る。
ほんの一瞬だけ。
それから。
「……行くぞ」
今度は、わずかに――しかし確かに、握り返す。
「……!」
ルティが、少しだけ笑う。
怖さを抱えたまま。
それでも、安心したように。




