第49話 なにも聞かない
森の奥――戦いの余韻がまだわずかに残るその場所は、さっきまでの激しさが嘘のように、耳が痛くなるほどの静けさに包まれていた。
「……」
倒れた男たちは、その場に崩れたまま微動だにせず、ただ無造作に転がる影のように地面へと沈んでいる。
風だけが、何事もなかったかのように木々のあいだをすり抜けていき、その場の現実感を少しずつ薄めていく。
「……」
リオンは、背を向けたままその場に立ち尽くしている。
さっきの戦いの気配――あの鋭く荒い“何か”が、まだ完全には抜けきっていないのが、その背中からわずかに伝わってくる。
「……」
ザーラは、しばらく何も言わず、その背中を見ている。
問いただすこともできる。
あの戦い方の理由も、あの一瞬の揺らぎも。
それでも。
「……」
聞かない。
踏み込めば、何かが壊れると直感しているから。
「……行くわよ」
静かに、それだけを告げる。
「……」
リオンの肩が、ほんのわずかに動く。
振り返りはしない。
だが、確かにその声は届いている。
数秒の間を置いて。
「……ああ」
短く、それだけを返す。
そして、何事もなかったかのように歩き出す。
◇◇◇◇◇◇◇◇
しばらく進んだあと、三人は再び同じ方向へ並んで歩いている。
けれど――さっきまでとは、ほんの少しだけ違う。
「……」
その違いは、わずかな距離。
ほんの一歩分ほどの隙間が、言葉にされない“何か”として残っている。
「……」
さっきの戦いの余韻。
リオンの中にあったもの。
それを見てしまった感覚。
誰も口にはしない。
「……」
ルティは、その変化をはっきり理解しているわけではない。
それでも。
「……」
なんとなく、空気が違うと感じている。
ザーラを見る。
リオンを見る。
どちらも、少しだけ難しい顔をしている。
「……」
よくわからない。
でも。
このままは、なんだかいやだ。
「……」
少しだけ考えて。
ほんの少しだけ迷って。
それから。
とことこと、小さな足音を立てながら、リオンの横へと移動する。
「……」
ザーラが、その動きを一瞬だけ視線で追う。
止めない。
「……」
ルティは、背伸びをするようにして手を伸ばし――
そっと。
リオンの手をつかむ。
「……!」
その瞬間、リオンの体がわずかに硬直する。
完全に、不意を突かれた反応。
「……」
ルティは何も言わない。
ただ、ぎゅっと小さな手で握るだけ。
離さない。
「……」
数秒の沈黙。
リオンは、その手を振り払おうとはしない。
だが――握り返すこともなく、そのまま歩き続ける。
ぎこちないまま。
「……」
ザーラは、その様子を静かに見ている。
何も言わずに。
ただ、ほんの少しだけ目を細める。
「……」
ルティは、それだけで満足そうに前を向く。
それでいい、という顔で。
「……」
しばらくして。
リオンの指が、ほんのわずかに動く。
ほんの一瞬だけ。
ルティの手を、かすかに握り返す。
すぐに戻る、気づかれないほどの小さな動き。
「……」
ルティは気づかない。
でも。
ザーラは、それを見逃さなかった。
「……」
何も言わない。
ただ。
張り詰めていた空気が、ほんの少しだけやわらぐ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
やがて、木々の密度がわずかに薄くなり、空が少しずつ開けてくる。
差し込む光が、さっきまでよりも強く、広くなっていく。
「……」
森の終わりが、近い。
「……」
リオンは前を見据えたまま歩いている。
その瞳は、すでに落ち着きを取り戻している。
さっきの影は見えない。
けれど。
「……」
完全に消えたわけではない。
ただ、深く奥へと沈められているだけ。
「……」
ザーラもまた、同じ方向を見つめる。
出口。
その先にあるもの。
何が待っているのかは、まだわからない。
それでも。
もう、戻ることはない。
「……」
ルティが、小さくつぶやく。
「……ひかり……」
森の外に広がる、はじめて見る大きな光に向けて。
「……」
三人は、そのまま足を止めずに進んでいく。
並んで。
少しだけ近くなった距離のまま。




