第48話 触れてはいけないもの
森の奥。
夕方の光がゆっくりと沈みはじめて、木々のあいだに差し込んでいた淡い明るさが、少しずつ色を失いながら、影のほうへと傾いていく。
「……」
三人は、その中を静かに進んでいる。
足音を殺すように。
けれど止まることはせずに。
「……」
さっきまでの、わずかに緩んだ空気は、まだ完全には消えていない。
ほんの少しだけ残っている。
だが。
「……」
ルティが、小さくあくびをこぼす。
張り詰めていた時間の反動のように。
「……」
それを見て、ザーラの口元がほんのわずかに緩む。
緊張の中に差し込む、ごく短い隙間。
その瞬間。
「……」
リオンの足が、ぴたりと止まる。
不自然なほど正確に。
音もなく。
「……?」
ザーラも、すぐに気づく。
反応は早い。
「……どうした」
低く問う。
「……」
リオンは答えない。
ただ。
視線を前に据えたまま、わずかにも動かない。
「……」
空気が、変わる。
さっきまでとは明らかに違う、重く沈んだ気配が、静かに広がっていく。
「……」
次の瞬間。
「……そこまでだ」
低く、冷たい声が、前方から落ちる。
「……」
木々の隙間から、影が現れる。
一人ではない。
数人。
「……」
装備が違う。
無駄のない配置。
統率の取れた立ち方。
先ほどの連中とは、明らかに質が違う。
「……」
ザーラの呼吸が、わずかに乱れる。
理解する。
囲まれている。
逃げ場は、もうない。
「……」
ルティが、ぎゅっと手を握る。
怖い。
でも、声は出さない。
耐えるように。
「……」
そのとき。
前に立つ男が、ゆっくりと口を開く。
「……やっと追いついた」
「……」
「……その子を、渡してもらおうか」
「……」
空気が、凍りつく。
「……」
ザーラが、一歩前に出る。
迷いなく。
「……断る」
即答。
一切の揺らぎもない。
「……」
男が、わずかに口元を歪める。
「……そうか」
「……なら、奪うだけだ」
その言葉が落ちた瞬間。
空気が一気に切り替わる。
戦いの温度へと。
「……」
ルティの体が、びくっと震える。
「……」
その瞬間。
男の視線が、まっすぐにルティへ向けられる。
逃げ場のない、確定した“標的”として。
「……」
一歩、踏み出す。
その視線が、触れる。
“狙われた”と、はっきりわかる。
その瞬間。
「……やめろ」
低く、押し殺した声が落ちる。
リオン。
「……」
その声は、これまでと違う。
抑えているのに、深く響く。
「……」
男たちの動きが、わずかに止まる。
空気が、揺れる。
「……」
リオンが、一歩前に出る。
ザーラの横へ並ぶ位置に。
「……」
その目。
さっきまでとは、まるで別物。
金の瞳が、強く光を帯びている。
冷たいのではない。
だが。
確かに。
「……」
“怒っている”。
静かに。
深く。
底の方で。
「……」
男が、眉をひそめる。
「……なんだ、お前は」
「……邪魔をする気か?」
「……」
リオンは答えない。
言葉ではなく。
ただ、一歩前に出る。
「……」
その足が地面に触れた瞬間。
見えない“道”が軋む。
歪む。
「……」
空気が、一段重く沈む。
圧。
明確な、力の差。
「……」
男たちの表情が変わる。
理解してしまう。
“格が違う”。
「……」
それでも、引かない。
一人が踏み込む。
「……っ!」
その瞬間。
リオンが動く。
速い。
先ほどまでとは明らかに違う速度で。
一歩で間合いに入り。
「……!」
叩き落とす。
一撃。
音が、遅れて響く。
「……」
男が崩れ落ちる。
動かない。
「……」
リオンは止まらない。
次。
さらに次。
流れるように、連続して。
「……!」
男たちが次々に崩れる。
圧倒的。
だが。
「……」
その動きは、“整っていない”。
洗練ではない。
荒い。
「……」
無駄はないのに。
どこか削り取るような、容赦のなさがある。
「……」
ザーラが、気づく。
これは。
ただの戦闘技術ではない。
「……」
“壊すための動き”。
「……」
最後の一人が、震えながら立っている。
リオンの前に。
「……」
ゆっくりと、近づく。
逃げ場はない。
「……」
そのまま手を伸ばす。
首へ。
「……」
掴む。
そのまま、持ち上げる。
「……!」
男が、苦しげにもがく。
足が宙を掻く。
「……」
リオンの手に、力が込められる。
わずかに。
だが確実に。
「……」
ザーラの声が落ちる。
「……リオン」
止めるでもなく。
ただ、呼ぶ。
「……」
その声で、一瞬だけ動きが止まる。
ほんのわずかに。
「……」
続いて。
ルティの声。
小さく、震えながら。
「……りおん……」
怖い。
それでも。
呼んだ。
「……」
その声が、届く。
確かに。
「……」
リオンの手が、止まる。
完全に。
「……」
数秒の沈黙。
それから。
「……ちっ」
小さな舌打ち。
手を離す。
「……っ!」
男が地面に崩れ落ち、激しく咳き込む。
「……」
リオンは、何事もなかったかのように背を向ける。
だが。
「……」
肩が、わずかに上下している。
呼吸が、ほんの少し荒い。
「……」
ザーラは、それを見る。
理解する。
これは、ただの怒りではない。
「……」
“思い出している”。
何かを。
「……」
ルティが、ゆっくりと近づく。
まだ少し怖い。
それでも止まらない。
「……」
そっと、服の端をつまむ。
前と同じように。
「……」
リオンが、振り返る。
目が合う。
「……」
その瞳は、まだわずかに揺れている。
完全には戻っていない。
「……」
ルティが、言う。
「……だいじょうぶ」
今度は、守られる側ではなく。
言う側として。
「……」
その一言で。
リオンの中にあった何かが、静かに引いていく。
波が引くように。
「……」
目を閉じる。
一瞬だけ。
それから、開く。
元の瞳。
「……」
戻る。
何も言わずに。
ただ、そこに立っている。




