第4話 初めての甘いもの
「……そろそろ、いいでしょ?」
ミーナが、待ちきれないという様子で、じりじりと袋に手を伸ばす。
「……まだよ」
ザーラが、間を置かずに静かに返す。
「もう落ち着いてるじゃない」
「“さっきよりは”ね」
「かたいなぁ、ほんとに……」
ぶつぶつと文句を言いながらも、ミーナは素直に手を止めた。
「……」
ルティは、そのやりとりをじっと見ている。
袋。
その中にあるもの。
さっきから、ずっと気になっている。
でも——
勝手に触ってはいけない、そんな感じがして。
「……」
視線だけが、落ち着かないように行き来する。
袋と、ザーラと、ミーナのあいだを。
「……なに」
ザーラが気づく。
「気になるの」
「……」
こくん、と小さくうなずく。
「……はぁ」
小さく息をつく。
それから、ほんの少しだけ間を置いて。
「……少しだけよ」
「やったぁ!」
ミーナの顔が、ぱっと明るくなる。
「ほらほら、ルティちゃん! これね、甘くておいしいのよ!」
待ってましたとばかりに袋を開ける。
ふわり、とやさしい香りが広がる。
バターのあたたかさと、果物の甘い匂いが混ざり合って、部屋の空気をやわらかく満たしていく。
「……!」
ルティの目が、ぱっと見開かれる。
淡い金色の髪が、光を受けてふわりと揺れた。
薄紫の瞳が、きらきらと輝いている。
「……」
じっと見つめる。
近づいてくる、その知らないものを。
「……はい」
ミーナが差し出そうとした、その前に。
「待って」
ザーラが手を伸ばす。
一度受け取って、小さくちぎる。
「……これくらい」
ほんの一口分。
「いきなり多いとびっくりするから」
「……はいはい、過保護さん」
「うるさい」
軽くあしらいながら、ルティの前へと差し出す。
「……ほら」
「……」
ルティは、じっとそれを見る。
それから——
ちら、とザーラを見る。
「……」
ザーラは、小さくうなずく。
「……っ」
ルティが、そっと口を開ける。
ほんの少しだけ。
ためらうように。
「……」
ザーラが、その一口をやさしく運ぶ。
「……」
口に入る。
やわらかくて、ほろりと崩れて。
そして——
甘い。
「……!」
ぴたりと、動きが止まる。
時間が止まったみたいに。
目が、ゆっくりと見開かれていく。
「……どう?」
ミーナが、思わず身を乗り出す。
「……」
言葉は出ない。
でも——
「……っ」
もう一口、ほしい。
体が、はっきりとそう言っている。
「……ふ」
ザーラが、ほんのわずかに笑う。
「気に入ったみたいね」
もう一度、小さくちぎる。
「ほら」
今度も、口元へ。
「……」
ぱく。
「……」
もぐもぐ。
「……!」
今度は、はっきりと顔が変わる。
うれしい。
それが、そのまま全部、表に出ている。
「……かわいい……」
ミーナが、思わずつぶやく。
「……ほんとに……かわいい……」
声を抑えきれていない。
「……」
ルティは、そのまま——
ふと、スプーンを持ち上げる。
そして、少しだけ残っていたスープをすくう。
「……?」
ザーラが、その動きを見る。
「……」
ルティは、少し迷って。
でも——
そっと、差し出す。
「……あ」
声にならない声。
それでも、伝えようとしている。
——これ、おいしい。
——いっしょ。
「……」
ザーラが、ほんの一瞬だけ固まる。
ミーナが、横で息をのむ。
「……なに、それ」
小さく、つぶやく。
でも、その視線はやわらかい。
「……落とさないでよ」
同じ言葉。
でも、少しだけやわらかい。
そっと、口を寄せる。
一口。
「……」
味は、さっきと同じ。
けれど。
「……ほんとね」
ぽつりと。
「……おいしい」
その言葉に。
「……!」
ルティの顔が、ぱあっと明るくなる。
迷いのない、まっすぐな笑顔。
——この人は、だいじょうぶ。
そう、はっきりとわかった。
「……」
そのまま、体が少し前に傾く。
ザーラの方へと、自然に。
無意識のまま。
「……っ」
服の端を、きゅっとつかむ。
小さく、でも確かに。
「……はぁ」
ザーラが小さく息をつく。
でも、振り払わない。
それどころか。
「……食べなさい」
静かに言う。
もう一口、パイを差し出す。
「……」
ルティは、こくんとうなずく。
今度は、ためらわずに。
安心したまま、ゆっくりと口に運ぶ。
⸻
ミーナは、その様子を見ながら——
両手で口を押さえていた。
「……だめ……尊い……」
「うるさい」
間髪入れずに切り捨てるザーラ。
でも。
その横顔は、ほんの少しだけやわらいでいた。
⸻
甘い匂いに包まれた朝。
差し込む光。
小さな食卓と、重なる笑い声。
そして、そっと触れ合う体温。
それはもう——
ただの「偶然」ではなくて、
確かにここに生まれはじめた、
やさしい“つながり”だった。




