表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
境界に眠る光 ━はじまりの外の世界へ━  作者: くいたん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/156

第26話 光が触れる場所

夜の気配が、ゆっくりとほどけていくように、森の空気がわずかにやわらぎはじめる頃、空の色は黒から深い群青へと静かに移ろい、その奥からにじむように淡い光が滲み出してくる。


木々のあいだに漂っていた闇が、少しずつ輪郭を失い、葉の一枚一枚が、まだ眠りを引きずるような静けさの中で、かすかに色を取り戻していく。





「……」


ザーラは、足を止める。


長く続けていた歩みの緊張が、ようやく途切れた場所だった。




そこは森の中でも、わずかに開けた小さな空間で、頭上の枝葉が少しだけ薄くなっている分、空の気配がそのまま降りてくるような場所だった。




その先に——


まだ弱く、けれど確かに広がっていく光があった。




「……」


腕の中では、ルティが静かに眠っている。


逃げる最中だということを、何ひとつ知らない顔で。




「……」


ザーラは一瞬だけ迷うが、そのまま抱え続けるのではなく、そっと膝を折り、できるだけ衝撃を与えないようにして、ルティの体をやわらかく地面へと下ろす。




「……」


背中を近くの木に預けさせ、自分もその隣に腰を下ろすと、張りつめていた意識がわずかに緩み、長く続いていた緊張が、ようやく呼吸とともに外へ抜けていく。




風はやわらかく、夜の冷たさをまだ残しながらも、どこか新しい一日の匂いを運んできていた。




「……ん」


ルティが、小さく身じろぎする。




まぶたが、ゆっくりと開く。




「……」


最初はぼんやりと、焦点の合わない視線が空をさまよう。




「……ざーら」


かすれた、小さな声。




「……起きたの」


ザーラの声は低く、それでも昨夜よりずっとやわらいでいる。




「……」


ルティはこくんと小さくうなずき、そのまま視線を前へと向ける。




そして——


動きが止まる。




「……」


そこには、広がりはじめた朝の光があった。



森の奥から差し込んでくるそれは、ただ明るいだけではなく、空気そのものに溶け込むようにして、ゆっくりと世界の輪郭を描き直していく。




木々の隙間からこぼれる光は、細い糸のように揺れながら降りてきて、葉の縁を淡く縁取り、草の先に小さな輝きを宿していく。




「……」


ルティの目が、ゆっくりと大きくなる。




言葉が、出てこない。




ただ、その光を、まるごと受け取るように見つめている。




やがて一筋の光が、枝葉の隙間を抜けて、まっすぐに落ちてくる。




それは、迷いなく——


ルティの手の上に、そっと触れた。




「……!」


小さく息をのむ。




手のひらを、ゆっくりと開く。




そこにあるのは、触れられないはずの光。


けれど確かに、そこに“ある”と感じてしまう温もり。




それはただの朝日でありながら、どこか輪郭を持つように揺らめき、まるで小さな気配が宿っているかのように、静かに、やさしく留まっている。




「……」


ルティは、それを壊さないようにするみたいに、息をひそめる。



それから、もう片方の手に握っていたスプーンを見る。



ぎゅっと、少しだけ握り直して。




また、光を見る。




「……」


似ている。




どちらも、あたたかい。




どちらも、ここにある。




「……」


小さく、笑う。




そして、ゆっくりと言葉を探して——




「……きれい」




はじめて、迷いなく出てきた言葉だった。



「……」


ザーラは、その声にほんのわずかに目を細める。




逃げている最中だという現実も、追われている可能性も、すべてが消えたわけではない。




それでも。



「……ええ、きれいね」




短く返すその声には、確かに同じものを見ている静かな実感があった。




鳥の声が、ひとつ鳴く。




「……!」


ルティが小さく肩を揺らす。




でもすぐに、ザーラを見る。



「……大丈夫」




「……」


こくん、と安心したようにうなずくと、また光へと視線を戻す。




世界は、知らないもので満ちている。




けれどそのどれもが、今のルティにとっては“こわいもの”ではなく、“まだ知らないだけのもの”として、やわらかく受け入れられていく。




「……」


そっと、体を寄せる。




ザーラの腕に、静かに触れる。




ザーラは何も言わない。




ただ、ほんの少しだけ肩を寄せて、その小さな重さを受け止める。




光は、ふたりの上に降り続けていた。




やわらかく。


静かに。




まるで祝福のように。




逃げている最中であることを、ほんの一瞬だけ忘れさせるほどに。




「……すき」




ルティが、小さくつぶやく。




何を指しているのか、はっきりとは言わない。




でも、その中には——


光も、森も、そして隣にいる存在も、すべてが含まれていた。




「……」


ザーラは答えない。




ただ、わずかに視線を上げて、朝へと変わりきった空を見つめる。




終わっていない。




これからも、続く。




危険も、選択も、すべて。




それでも。




「……」


この朝だけは。




確かに、守られた時間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ