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境界に眠る光 ━はじまりの外の世界へ━  作者: くいたん


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第23話 触らないで

午後の光はやわらかいのに、部屋の中だけが、なぜか少しだけ温度を失ったみたいに静まり返っていた。


「……」


ザーラは、机に向かったまま、手だけを正確に動かしている。


すり鉢の中で、乾いた葉が砕けていく音。


ごり、……ごり。


いつもと同じ手順、同じ力加減、同じ速度——のはずなのに。




「……」


視線だけが、落ち着かない。


ほんのわずかに揺れて、すぐに逸らされる。




そのすぐ隣。




ルティが、ちょこんと座っている。


小さな手で、いつものスプーンを握りしめたまま、じっとザーラの手元を見つめている。


「……」


昨日までと同じように。


何も疑わずに。




“いっしょにやる”。


その合図を、待っている。




「……」


ザーラは、それに気づいている。


気づいていて。




あえて、見ない。




ごり。


ごり。




「……」


ルティが、ほんの少しだけ、身体ごと近づく。


ぺた、ぺた、と、控えめな足音。




「……」


小さな手が、そっと持ち上がる。


ためらいがちに。


でも、信じている動きで。




いつもみたいに。




そっと。




「……っ」




ザーラの手が、ぴたりと止まる。




空気が、固まる。




そして。




「……触らないで」




低く、はっきりとした声で。


迷いなく、切るように言い放った。




「……」


音が、消える。




ルティの手は、そのまま空中で止まる。


どこにも触れられないまま。




「……」


意味は、全部はわからない。


でも。




「……」


“だめ”。


それだけは、はっきりと伝わる。




「……」


手を、ゆっくりと引っ込める。




ぎゅっ、と。


スプーンを握る指に、力がこもる。




「……」


ザーラは、顔を上げない。




ごり。


ごり。




ただ、それだけを続ける。




「……」


ルティは、その場に立ったまま、動けない。




どうしたらいいのか、わからない。




「……」


さっきまで。




いっしょにやっていた。



「……」


“いい”って言われていた。




「……」


ほめてもらっていた。




なのに。




「……」


なんで。




「……」


胸の奥が、きゅうっと、締めつけられる。


理由はわからないのに、ちゃんと痛い。




「……」


そっと、一歩だけ後ろに下がる。


音を立てないように。


気づかれないように。




それでも。




「……」


ザーラは、何も言わない。




もう一歩、下がる。


距離が、できる。




「……」


そのまま、部屋の隅まで行って、ちょこんと座り込む。




小さな体が、少しだけ丸くなる。




「……」


スプーンを、じっと見つめる。




さっきまで。


これで、“いっしょ”だった。




「……」


ぎゅっ。




指が白くなるくらい、強く握る。




「……」


目の奥が、じんわり熱くなる。


視界が、少しだけ滲む。




でも。




「……」


泣かない。



ザーラは、言った。


だめ、って。




「……」


じゃあ。


しない。




それが、いい。


そうしないと、だめ。


「……」


そう思おうとする。




でも。




「……」


胸が、痛い。




理由はわからないのに。


ちゃんと、痛い。




「……」


スプーンを、そっと胸に当てる。




ほんのり、あたたかい。




でも。



さっきみたいに、やさしく包む感じにはならない。




「……」


少しだけ、うつむく。




小さな声で。




「……ざーら」




呼ぶ。




返事は、ない。




「……」


もう一度。




「……ざー、ら」




今度は、もっと小さく。


消えそうな声で。




「……」


ザーラの手が、ほんの一瞬だけ止まる。




——でも。




動く。




ごり。


ごり。




それだけ。




「……」


ルティは、もう何も言わない。




ただ、そこにいる。




静かに。




“いないみたいに”。




その様子を、ミーナが見ている。




「……」


何も言わない。


でも、その目が、ほんの少しだけ細くなる。



やがて。




そっと、ルティの隣に座る。




「……ね」


やさしく、声を落とす。




「……」


ルティが、ゆっくり顔を上げる。




目が、少し赤い。


でも、泣いてはいない。



「……今日は、こっち手伝う?」




布を、差し出す。




「……」


少しだけ、迷う。


ザーラの方を見る。




視線は、合わない。




「……」


こくん。




小さく、うなずく。




「いいよ、ゆっくりで」




「……」


こくん。




ごし。


ごし。




小さな手が、布を動かす。


ぎこちなく。


でも、一生懸命に。




「……えらいね」




「……」


ほんの少しだけ、顔がゆるむ。




ほんの、少しだけ。




でも。




「……」


ときどき。




ザーラを見る。



「……」


視線は、やっぱり合わない。




それだけで。




また、胸がきゅっとなる。




夕方。




「……」


ザーラが、ようやく手を止める。




ゆっくりと、振り返る。




ルティ。



部屋の隅で。




スプーンを握ったまま。


小さく、うつむいている。




「……」


胸の奥が、ずきりと痛む。




でも。




足は、動かない。




「……」


近づかない。




その代わりに。




そっと、目を閉じる。




「……」


これは、必要なこと。




守るため。




この子を。




「……」


自分に、言い聞かせる。


何度も。




でも。




「……」


その言葉は。




思っていたよりも、ずっと重くて。




胸の奥に、沈んでいったまま。




消えなかった。

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