第20話 るてぃの視点「わからない……けど」
「……」
奥の部屋のすみっこで、ルティは小さく体を丸めるみたいにして、じっと座っていた。
手の中には、いつものスプーン。
ぎゅっと握って、離さない。
「……まってる」
小さな声で、自分に言うみたいに、ぽつり。
ザーラに言われたから。
ここで、待つ。
ちゃんと、待つ。
「……うん」
こくん、とひとりでうなずく。
コン、って音がしたとき。
体が、びくっと小さく跳ねた。
「……きた」
誰か、来た。
聞こえてくる声は、知らない声で。
低くて、ゆっくりで、少し遠くから水の中みたいに響いてくる。
「……?」
ルティは、首をかしげる。
言葉は、半分くらいしかわからない。
でも。
「……ざーら」
ザーラの声は、わかる。
「……」
その声が、いつもと少し違うことも、わかる。
怒ってるわけじゃない。
でも、やさしいときとも違う。
ぴん、と張ってる。
「……」
胸の奥が、ちょっとだけ、ざわざわする。
理由は、わからない。
でも。
「……なんか、へん」
小さく、つぶやく。
スプーンを、ぎゅうっと握る。
指に力が入る。
「……」
扉のほうを見る。
ここからは、何も見えない。
でも。
「……いる」
なんとなく、わかる。
そこに、いる。
「……」
そっと、立ち上がる。
ぺた、ぺた、と足音をできるだけ小さくして。
「……ちょっとだけ」
自分に言い聞かせるみたいに、小さく。
少しだけ、近づく。
ほんの少しだけ、扉のすきま。
細い光。
「……」
息を止めて、のぞく。
知らない人。
背が高くて、まっすぐ立っていて。
着ているものが、森の人たちと違う。
きれいで、かたい感じ。
「……」
なんだろう。
「……こわい」
ぽつり、とこぼれる。
その瞬間。
男の目が、ほんのわずかに、こちらへ動いた気がした。
「……っ!」
びくっ、と肩が跳ねる。
あわてて、引っこむ。
背中を扉にくっつけるみたいにして。
「……どき、どきする」
胸に手を当てる。
スプーンも、一緒に押し当てるみたいに。
どく、どく、どく。
早い。
「……やだ」
小さく、首をふる。
なんで怖いのか、わからない。
でも。
「……あのひと」
少し考えて。
「……森じゃない」
においが、違う。
空気が、違う。
音も、違う。
「……なんか、かたい」
言葉を探して、やっと出てきた感じでつぶやく。
ザーラの声が、すぐ向こうにある。
それだけで。
「……だいじょうぶ」
ちょっとだけ、思える。
でも。
さっきの目。
「……」
ルティは、スプーンを見る。
ほんのり、あたたかい。
「……あったかい」
ほっとしたみたいに、小さく息を吐く。
胸のざわざわが、少しだけやわらぐ。
「……いっしょ」
スプーンに向かって、そっと言う。
ぎゅっ。
抱きしめるみたいにして、持つ。
そのまま。
また、床にちょこんと座る。
今度は、さっきよりも少しだけ扉から離れて。
「……まってる」
ザーラが来るのを。
ちゃんと、待つ。
外の声が、だんだん遠くなっていく。
足音。
消える。
静かになる。
「……いった?」
小さく、つぶやく。
でも。
「……」
胸の奥に残ってる、“さっきの感じ”。
消えない。
「……やだな」
ぽつり。
こわい、だけじゃない。
なんか。
「……とられる、みたい」
自分でもよくわからない言葉が、こぼれる。
「……」
首をふる。
わからないことは、こわい。
だから。
ぎゅっ。
スプーンを、胸に当てる。
あたたかい。
「……ざーら」
今度は、少しだけはっきり呼ぶ。
「……くるよね」
信じるみたいに、小さく言う。
目を、ぎゅっと閉じる。
そのまま、少しだけ体を丸めて。
待つ。
ザーラの足音を。
その音が聞こえたら。
きっと、ぜんぶ大丈夫になるって、
まだちゃんと説明できないまま、
でも確かに、そう思いながら。




