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境界に眠る光 ━はじまりの外の世界へ━  作者: くいたん


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第15話 いつもと、少し違う

昼前。


空気はからりとしていて、窓から入る風が、布や髪をやさしく揺らしていく。


外は明るく、森の緑もやわらかく光っている。




「邪魔するよー」


いつもの調子で、ミーナが扉を開ける。


軽い声。


遠慮のない足取り。


もう、この家の一部みたいな入り方。


「……いらっしゃい」


ザーラは、顔も上げずに応える。


声はいつも通り。


変わらない調子。


机の上には、いくつかの瓶と、乾いた葉と、すり鉢。


整っているようで、どこか生活の匂いが残る配置。


「……」


そのすぐ横に。


ルティが、ちょこんと座っている。


椅子にきちんと収まっているわけじゃなくて、


少しだけ前のめりに、机に近づくみたいな姿勢で。


手には、いつものスプーン。


ぎゅっと、大事そうに握っている。


「……!」


ミーナの姿を見つけた瞬間、


顔がぱっと明るくなる。


曇りのない、まっすぐな反応。


「お、いい顔」


ミーナが、にっと笑って手をひらひらさせる。


ルティも、それを真似して——


ぎこちなく、小さく手を振る。


指が少しばらばらで、


動きもゆっくりで。


それでも、うれしさが全部出ている。





「で、今日はちょっと多めに欲しいんだけど」


ミーナは、そのまま本題に入る。


この家では、雑談と仕事の境目があいまいだ。


「症状は」


ザーラは短く返す。


「風邪っぽいのが何人かね。あと、例の子も」


「……」


ザーラは、ほんの一瞬だけ目を伏せてから、うなずく。


「……そこにある」


指先で、机の端の瓶を示す。


「ありがと」


ミーナが、それを取る。


「……」


そのとき。


ふと、手が止まる。


瓶の中の粉。


いつも見ているものと、同じはずなのに——


「……ん?」


ほんの少しだけ、違和感。


「……」


ミーナは、瓶を光にかざす。


粉が、さらりと動く。


きめが細かい。


それだけじゃない。


「……」


なんだろう。


説明できない。


でも。


“なじみすぎている”。


混ざり方が、やけに自然で、


引っかかりが、ひとつもない。


「……なに」


ザーラが気づく。


声は落ち着いている。


けれど、ほんのわずかに早い。


「いや……」


ミーナは、首をかしげる。


「なんか、ちょっと違う気がして」


言葉を探すように、ゆっくり続ける。


「いつもより……こう、きれいにまとまってる感じ?」


「……いつも通りよ」


ザーラが、即座に返す。


間を置かない。


考える余地を与えない言い方。


「……そう?」


「そう」


「……ふーん」





そのやりとりを。


ルティは、じっと見ている。


スプーンを、ぎゅっと握りながら。


「……」


視線が、瓶とザーラの間を行ったり来たりする。


少しだけ、不思議そうに。


でも。


深くは考えていない。


ただ、“なにか違う”空気だけを感じ取っている。


「……」


ザーラの視線が、一瞬だけルティに向く。


ほんの一瞬。


確認するみたいに。


それから、すぐに逸らす。





「ま、いいや」


ミーナは、軽く笑って肩をすくめる。


「効けばそれでいいしね」


「……」


ザーラは何も言わない。


肯定もしない。


否定もしない。





「じゃあ、試してくる」


手をひらひら振って、出ていく。


足音は軽い。


いつも通り。





扉が閉まる。





一瞬だけ。


空気が、しんと落ちる。





午後。


再び、扉が勢いよく開く。


「ザーラ!」


「……早いわね」


ザーラは振り返らない。


でも、声だけでわかる。


「ねえ、やっぱりおかしい」


ミーナの声が、少しだけ低い。


いつもの軽さが、ほんの少しだけ削れている。


「……なにが」


「効きが、安定してる」


「……」


「前はさ、ちょっとバラつきあったでしょ。効くときはすごいけど、そうでもないときもあった」


「……」


否定しない。


「でも今の、誰に使っても同じ感じで効くの。しかも、早い」


「……」


ザーラは、黙る。


沈黙が、少し長い。


「ねえ、なんか変えた?」


「……何も」


短く。


「ほんとに?」


「ほんとに」





少しの沈黙。


さっきよりも、重い。





ミーナの視線が、ふと横に流れる。


ルティ。


「……」


スプーンを握ったまま、こちらを見ている。


目が合う。


「……」


にこ。


さっきと同じ、


なんの迷いもない、小さな笑顔。





その無邪気さが——


場の空気から、ほんの少しだけ浮いている。





「……」


ミーナの目が、わずかに細くなる。


一瞬だけ、考える。





「……ねえ」


声を少し落とす。


ザーラだけに向けて。


「この子、関係ある?」





「……」


間。


ほんのわずか。


けれど、はっきりとした“間”。





「……ないわ」


ザーラが言う。


静かに。


揺らぎなく。


「ただ手伝ってるだけ」


「……そう」


ミーナは、それ以上踏み込まない。


踏み込めない、というより——


踏み込まないことを選ぶ。





それでも。


もう一度だけ、ルティを見る。


小さな手。


ぎゅっと握られたスプーン。





「……ふーん」


小さく息をつく。





「ま、いいや」


いつもの調子に戻る。


わざと戻したみたいに。


「効くなら大歓迎だし」


「……」


ザーラは、何も言わない。





「また来るね」


「ええ」





扉が閉まる。





静けさが戻る。


さっきまでと同じはずの空間。


でも。


どこか、張りつめている。





「……」


ルティが、ザーラを見る。


きょとんとした顔。


何かを感じてはいるけれど、


それが何かまではわからない、という顔。


「……」


ザーラも、見る。


ほんの一瞬だけ。


そのまっすぐな瞳を。





「……今日はもう終わり」


ぽつりと言う。


「休みなさい」


「……」


ルティは、こくんと頷く。


素直に。


何も疑わずに。





ぺた、ぺた。


小さな足音。


奥の部屋へ向かう。


途中で一度だけ振り返って——


にこっと笑う。





その笑顔は、


さっきと同じ。


何も変わっていない。





「……」


ザーラは、その背中を見送る。


完全に見えなくなるまで。





しばらくして。





「……気づくの、早いわね」


小さく、つぶやく。





窓の外を見る。


森。


風。


揺れる葉。


すべてが、いつも通り。





でも。





「……」


もう、“同じ”ではいられない。





あの無邪気な笑顔のすぐ隣に、


説明のつかない何かが、確かにある。





守るべきものと、


隠すべきものが、


同じ場所に重なっている。





「……」


ゆっくりと、目を閉じる。





知られれば、奪われるかもしれない。


知られなければ、守れるかもしれない。





その境界の上に、


あの子は、何も知らずに立っている。





「……」


静かに、息を吐く。





その重さを。





一人で、抱えたまま。

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