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境界に眠る光 ━はじまりの外の世界へ━  作者: くいたん


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第14話 偶然じゃない

夜。


家の中は、息をひそめたみたいに静かだった。


「……」


ランプの灯りだけが、机の上を淡く照らしている。


すり鉢。


乾いた葉。


小さな瓶。


そのすべてが、昼間と同じ場所にあるはずなのに——


どこか、違って見えた。




「……」


ザーラは、一人で座っていた。


本来なら、とっくに休んでいる時間。


体は疲れているはずなのに、どうしても横になる気になれない。


「……」


奥の部屋からは、ルティの寝息が聞こえる。


規則正しく、途切れず、穏やかな音。


それを聞くだけで、ほんの少しだけ肩の力が抜けるのに——


それでも、安心しきれない自分がいる。


「……」


昼の光景が、何度も頭の中で繰り返される。


森。


あの場所。


あの光。


あの、説明のつかない“揺らぎ”。


「……あった、って言ったわね」


小さく、独り言のようにこぼす。


誰に向けたわけでもない声。


ただ、自分の中の確信を、形にするためだけの言葉。





「……」


視線を落とす。


机の上。


見慣れた材料。


何度も、何百回も繰り返してきた作業の道具。


「……」


ゆっくりと、葉を手に取る。


すり鉢に入れる。


指先の感触は、いつもと同じ。


乾いていて、軽くて、少しざらついている。





ごり。


ごり。





いつも通り。


力加減も、角度も、手順も。


体に染みついた動きのまま。


迷いも、ぶれもない。


「……」


粉になる。


香りが、静かに立ち上る。


草の匂い。


土の匂い。


「……」


変わらない。


何ひとつ。





「……」


次の材料を足す。


根。


別の葉。


順番も、量も、間違えない。





それでも。





何も、起きない。





「……」


ザーラは、手を止める。


指先に残る粉の感触が、やけに冷たく感じる。


「……」


わかっている。


たぶん——


もう、気づいてしまっている。





「……」


ゆっくりと立ち上がる。


足音を立てないように、奥の部屋へ向かう。





ルティが、眠っている。


小さな体が、布団の中にすっぽり収まっている。


呼吸は、穏やかで、規則正しい。


その手には——


スプーン。


ぎゅっと、握られたまま。


「……」


ザーラは、わずかに眉をひそめる。


「……ほんとに好きね、それ」


小さく息をつく。


呆れたような言い方。


でも、その奥にあるのは——


ほんの少しの安堵と、どうしようもない愛着。





「……」


視線が、止まる。


スプーン。


その小さな手。


その体温。


その存在。





胸の奥に、かすかなざわつきが生まれる。


それは、驚きだけじゃない。


期待でもない。


もっと、重くて、名前のつきにくい感情。





「……」


少しだけ、迷う。


ほんの一瞬。





それでも。





「……ルティ」


静かに呼ぶ。





「……ん」


かすかな反応。


眠りの底から、わずかに浮かび上がるような声。


「……」


ザーラは、しゃがむ。


目線を合わせる。


眠っているはずの顔。


それでも、確かに“ここにいる”とわかる距離。





「……少しだけ」


声を落とす。


「手、貸して」





ルティの手に、自分の手を添える。


やさしく。


驚かせないように。


逃がさないように。





「……これ」


すり鉢を、そっと近づける。


「一緒にやる」





半分眠ったまま。


ルティの指が、かすかに動く。


スプーンを握ったまま。


そのまま。





上から、ザーラの手が重なる。





ごり。





一度だけ。


ゆっくり。


確かめるように。





その瞬間。





ふわ、と。





粉が、淡く光を帯びる。


まるで、呼吸をするみたいに。


やわらかく、確かに。





「……」


空気が、止まる。


心臓の音だけが、やけに大きく響く。





もう一度。





ごり。





今度は、はっきりと。


迷いなく。





光る。





「……」


ザーラの呼吸が、浅くなる。


胸の奥で、何かが音を立てて崩れる。





偶然じゃない。





否定しようとしていたものが、


静かに、しかし確実に、形を持つ。





「……」


ルティの手を見る。


小さな手。


頼りないはずのその手が——


今、確かに“何か”を動かしている。





「……」


もう一度。


今度は、自分ひとりで。





ごり。





——何も起きない。





「……」


胸の奥が、ひやりと冷える。





もう一度。


ルティの手に触れる。





ごり。





光る。



「……」


確信する。


逃げ場のない形で。





「……そういうこと」


小さく、吐き出す。


それは納得であり、同時に——


認めたくなかった現実でもあった。





ルティが、うっすらと目を開ける。


「……」


ぼんやりとした視線。


焦点の合わない瞳。


「……ザー……ラ?」


「……寝てなさい」


やわらかく言う。


無意識に、声が少し低くなる。


守るように。


隠すように。





「……」


ルティは、安心したみたいに。


そのまま、また目を閉じる。





「……」


ザーラは、しばらく動かない。


手を重ねたまま。


離すタイミングを、測るみたいに。





やがて。


そっと、手を離す。





「……」


スプーンを見る。


すり鉢を見る。


光は、もうどこにも残っていない。





でも。





「……」


それで、十分だった。





ゆっくりと立ち上がる。


窓の外を見る。


暗い森。


静まり返った、黒い塊。





「……」


頭の中で、点が繋がっていく。


薬の効き。


あの光。


森の気配。


そして——ルティ。





それは、偶然では説明できない。


でも、説明できたとしても——


受け入れていいものかどうかは、別の話だった。





「……これは」


言葉にしかけて、止める。


口にした瞬間、戻れなくなる気がして。





代わりに。





「……あんたは」


ほとんど息のような声で。





「……なにを連れてきたの」





問いかけ。


答えは、ない。


まだ。




でも。





胸の奥に、はっきりと残る感覚がある。


——これは、守らないといけない。


理由より先に、そう思ってしまう。





「……」


視線を、奥の部屋へ戻す。





眠っている、小さな存在。


何も知らずに、静かに息をしている。





その無防備さが。


その無垢さが。


かえって、怖い。





失うことを想像してしまう自分がいる。


まだ起きてもいない未来に、先回りして怯えている。





だから。





「……誰にも触らせない」





静かに。


でも、揺るがない声で。





それは決意であり——


恐れから生まれた、確かな“守り”だった。


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