第54話 地下道
地下へ続く階段は、古かった。
石造り。
半分崩れている。
ところどころ苔が生えていて、水の匂いがした。
上の森より、ずっと冷たい。
「……」
ルティは、階段の前でじっと下を見ていた。
暗い。
深い。
底が見えない。
「……あな」
小さく呟く。
「見れば分かる」
バルドが即答する。
「……ふかい」
「それも見れば分かる」
「……くらい」
「全部分かる」
「……」
ルティが、じとっと見上げる。
バルドが鼻で笑った。
「なんだその顔」
「……バルド」
「なんだ」
「……こわい?」
「怖くねえ」
即答。
その瞬間。
足元の石が、ぼろ、と崩れた。
「っおい!!」
バルドが一歩下がる。
ルティが、じーっと見る。
「……」
「……なんだその顔」
「……びっくりした」
「してねえ」
「……した」
「してねえ!!」
セレナが吹き出した。
ガイルが顔を覆う。
リオンだけが、静かに地下道を見ていた。
「……進むぞ」
低い声。
「長くは開いていない」
その言葉で、空気が戻る。
ルティは、小さく息を吸った。
地下から、鐘の音がする。
こん。
こん。
近い。
前よりずっと。
「……」
ルティの左腕が熱を持つ。
怖い。
でも。
前みたいに、ただ“引きずり込まれる”感じじゃなかった。
もっと変だった。
まるで。
“来るのを待っている”みたいな感じ。
「……いく」
小さく言う。
バルドが、ちらりと見る。
「歩けるか」
「……あるける」
「途中で泣くなよ」
「……なかない」
「今すでに半分泣きそうだろ」
「……」
ルティが、むっとする。
セレナが、少しだけ笑った。
「大丈夫よ」
ルティの肩へ手を置く。
「怖いって分かってる方が、ちゃんと戻れる」
「……」
ルティは、小さく頷いた。
そして、一歩。
地下への階段を下りる。
こん。
鐘が鳴る。
下へ行くほど、音がはっきりしていく。
空気が重い。
水滴の音がする。
ぽた、ぽた、と。
遠くで響いている。
「……」
地下道は、思ったより広かった。
昔は本当に人が通っていたのだろう。
壁には古い灯具が並び、崩れかけた祈りの言葉が刻まれている。
ただ。
どれも途中で削れていた。
まるで、誰かが無理やり消したみたいに。
「……気持ち悪ぃな」
バルドが低く言う。
ガイルも頷く。
「空気が死んでる」
確かに。
風がない。
音も少ない。
自分たちの足音だけが、やけに大きく響く。
「……」
ルティは、ぎゅっと荷物袋を抱えた。
白樺亭のパンの匂い。
少しだけ安心する。
その時だった。
「……ん?」
ルティが立ち止まる。
全員が止まる。
「どうした」
リオンが聞く。
ルティは、壁の方を見ていた。
そこには、古い絵が描かれていた。
色はほとんど剥げている。
でも。
人が並んでいる絵だ。
鐘楼。
祈る人たち。
そして。
真ん中に、小さな女の子。
「……ザーラ?」
ルティが、小さく呟く。
セレナが、息を止めた。
急いで壁へ近づく。
震える指で、絵に触れる。
「……本当に、残ってたの」
かすれた声。
壁画の少女は、長い髪をしていた。
両手を胸の前で組んでいる。
その背後には。
黒いもの。
影のような。
穴のような。
何か。
「……」
リオンが低く言う。
「封印前の絵だな」
「……」
ルティは、じっと見ていた。
その絵のザーラは、少し笑っている。
でも。
なんだか、寂しそうだった。
「……」
その瞬間。
壁画の奥で。
“何か”が動いた。
「っ!!」
ルティの肩が跳ねる。
絵の黒い部分。
そこが、一瞬だけ揺れた。
まるで。
こちらを見たみたいに。
「下がれ!!」
リオンが即座にルティを引く。
次の瞬間。
壁画の黒から、細い手が伸びた。
「っ!?」
白い。
細い。
人間の手みたいな。
でも、指が長すぎる。
ばきっ!!
ガイルが剣の鞘で叩き落とす。
手が、霧みたいに崩れる。
でも。
壁の奥で。
ぞろ、と。
また動く。
「……うわ」
ルティが素直に言った。
「……でた」
「見れば分かる!!」
バルドが怒鳴る。
その間にも。
壁画の黒い部分が、ゆっくり広がっていく。
まるで絵そのものが穴になっていくみたいに。
こん。
鐘が鳴る。
近い。
近すぎる。
「……っ」
ルティの腕が熱い。
痣が脈打つ。
黒い穴の奥から、声がした。
――まだ。
「……!」
ルティの目が開く。
今の。
聞こえた。
――まだ、閉じてる。
セレナの顔色が変わる。
「……何て?」
ルティは、苦しそうに息をする。
頭の奥へ、声が流れ込む。
遠い。
でも、必死な声。
――鍵を。
――鐘を。
――早く。
「……っ」
ルティがふらつく。
セレナが支える。
「ルティ!」
「……ザーラ」
ルティが、震える声で言う。
「……ザーラ、いる」
その瞬間。
地下道の奥で。
ゴゴゴゴォォォォォォ……。
低い音が響いた。
風じゃない。
もっと重い音。
巨大な何かが、ゆっくり動き始めたみたいな音。
リオンの目が鋭くなる。
「……来るぞ」
「何がだよ」
バルドが言った瞬間。
地下道の奥。
暗闇のさらに向こうで。
ゆっくりと。
巨大な影が、立ち上がった。
「……っ」
ルティの喉が、小さく鳴る。
影には、顔がなかった。
ただ。
鐘だけが。
胸の奥で、ずっと鳴っていた。




